第1部 調査結果の報告

2 教員免許基準の改定に伴う教員養成カリキュラムの現状と新しい対応について

 '98(平成11)年6月に教育職員免許法と関連規則の改定があり、7月1日から施行となった。それ以前の大幅改定は'88(昭和63)年に行われているので、10年ぶりの改定とも言えるし、10年でもう改定とも言える。また、'98(平成10)年度学部入学生で教員免許状取得希望者には「介護等体験実習」が課されることになった。
 ここでは、こうした大きな改定に教育学部がカリキユラムや指導においてどう対応しようとしているのか、実情と意識について尋ねている。前半の問1から問4までが前回改定以後の状況について、中間の問5から問8までが今回改定に対する状況と意見、問9から問12までが介護体験実習導入の受け止め方について、後半の問13から問15までが免許基準施行に伴う制度的課題についての質問で、最後の問16が教員の資質向上策への意見や提言で、自由記述としてある。

1. 1988年免許改定後の状況
 【問1】では、'88年改定実施後10年を振り返ってどのように考えるかを選択肢から選んでもらった。図21に示したように次の通りである。

   傾向としては前回改定が教員養成を充実する方向に向かわせたととらえられていることがわかる。ちなみに学長回答の結果は、次の通りである。

   「特に変化はなかった」とする回答が多かったことが注目される。
 【問2】は、問1で「1」〜「3」と回答した大学・学部に、それでは充実した点はどういうもので、不十分なのはどういう点か、記述してもらった。
 充実した点か不十分な点かのどちらかが空欄となっているものも回答があったものとすると、回答数49の内、回答があったのは30、回答率は61.2%になり、問1の回答に対応している。
 「充実した点」として一番多くあげられていたのは、教職専門科目と教育実習が充実するきっかけとなったという回答である。表現はさまざまであるが、21大学・学部がこの点をあげている。
 教職専門については、「教職科目が増加し、小学校教科に関する科目の修得単位が増加したことで、学生の教職への専門性を高めることができた」、「教育学・教育心理学を中心とした教職科目の単位の増加により、教職能力の育成の面からの強化が図られた」などが指摘されている。
 教育実習に関しては「教育実習の事前・事後指導、情報教育の充実ができた。(実践的能力養成に教育実習は、やはり中心的な意味をもつが、事前・事後指導が定着した点、評価できる)」、「学生が、教育現場の多様な問題に触れる機会が増加した」などが記述されている。
 一方、「不十分な点」としてあげられているのは多様であるが、特に目立つのは改定に伴って担当者、施設・設備への手当てがなされなかったことについてである。
 「新たに増加した分野の担当教官の配置等が、現実的に困難であり、非常勤講師等に依存する割合が高いことから、理念どおりの教員養成教育は必ずしも出来ていないと考えられる」、「新設された授業科目に対応する専門の教官がつかないため、非常勤あるいは専門外の教官で対応せざるをえない。また、新設授業科目に対応する施設・設備の設置が不十分であり、学生への専門教育の十分な指導・教育ができないで多くの課題が出ている」という指摘がある。さらには「教職科目の充実は評価できるが、スタッフが手当てされないため、担当教官の負担が増えて授業内容が必ずしも改定のねらいどおりになっていない」という声もある。
 次に目立つのが、教科専門の単位数減により、学生の教科に対する学力の低下を心配する声である。「教科能力の単位数の減少により、教科の専門性に関する力不足が生じるおそれがある。特に中学校の実験・実習を伴う教科に関してその傾向が著しい」、「実習への時間が多くなった反面、授業との重なりが多くなり実習と授業との調整が難しい」などが指摘されている。
 その他、必ずしも改定が原因とは言えないにしても、最近の傾向として、カリキュラムが横並びになって、大学・学部の特色が薄れていることや学生の自主的学習が希薄になっているなどのことが指摘されている。
 総じて「充実した点」については傾向が一致しているが、「不十分な点」への指摘は多様であり、現実を反映した気持ちが込められているように読み取れる。
 この問題についての、学長の自由記述の意見もほぼ同様の傾向が見られる。充実した点については、教育実習、教育実習の事前指導の充実等が、圧倒的に多かった。「教育実習の事前指導は充実した」、「教育実習の事前指導に改善が見られた」、「教育実習に入る前の事前指導と、後の事後指導」、「教育実習の事前事後の指導などが組み入れられたことにより、実習がスムーズに行われるようになり、実習校との関係も改善された」、「学生の教育実習への関心が高まった」、「教育実習の事前指導は単位化され、授業参観・学校参観等の現場教師の協力を得られ、充実した」、「教育実習の事前事後指導が導入されたことによって、教育実習の教育効果が高くなり、実践的指導力の充実という点で充実した」などである。また、「教職科目が豊富になった。教育実習の事前事後指導が充実した」、「教職専門科目の増加が図られたことにより、教師になるための自覚や基本的な知識がより身に付くようになった」、「カリキュラムは充実した」などのとらえかたもあった。
 その他、「開講科目名の指定ではなく、種別と内容を示したため、大学の側での開講科目の自由度が相対的に増した」、「教員養成という点から見ると教科より科目内容が、社会状況、教育環境の変化に対応し、細分化されたりしている点」、「教育課程・方法、生徒指導などについて、余裕をもって講義ができるようになった」、「専修免許状が設けられたこと、教育諸科目の単位数が引き上げられたことにより教員養成が質的に向上した」、「情報機器の活用等の面で時代の要請に対応できた」、「大学院ができ、現職教育の体制が整った」、「情報教育を不十分ながら導入できるようになった」、「実験科目の中でコンピュータ関連の事項を充実させた」などの指摘もあった。
 不十分な点、問題点についての指摘は、次の通りである。とくに、履修負担の増加に対応する教員の負担の増加への、条件整備がほとんどなかったことについての問題指摘が多かった。「学生の履修負担の増に教員の教職に関する科目の負担増」、「教育学部以外には、教職科目等担当者の確保に問題が生じた」、「教員の負担が増えた」、「改正に対応した教育指導体制を整えにくい」、「新分野の生活科などについては、多岐にわたる教科の総合的内容を教授するものであるので、人的な条件整備が必要である」、「教職教育のための物的・人的条件が不十分(教員、時間割、スタッフ、教材など)」、「現有のスタッフでは指導体制が整えられない面が増え、非常勤講師への依存度が大きくなった」、「情報教育を行う上での教員の不足」、「事前事後の指導の実施方法(専任教官が教員養成学部以外にいない)」、「単位数増加にも関わらず、担当する専任教官数は変化しなかった」、「教職教科に専任教員が配置できず十分な教育成果が上がっているとは思えない。1教官が教えることが出来るのは1科目のみとなったので、教官数の少ない学科等では教職を採りにくくなった。教員免許取得のための必要単位が多すぎる」などの指摘があった。
 その他、学生の履修に関連する次のような指摘もあった。「一般的な学力不足、特に教科に関する知識と理解が不十分である。教科を教えるよりも、生活指導の方が重要だという指導を教育実習で受けてくる学生もいて、学校のもっとも根本的な機能が軽視される風潮が一部に出てきているかもしれないと感じるところがある」、「学生の側からすると、座って講義を聴く時間が増えた。授業の仕方にも関わるが、今の学生に苦手な、自ら行動を起こす時間がその分減らされている」、「事後指導は実施する時期が4年次生で就職活動の時期と重なり、対応に苦慮している。今まで取得できた教科が同学科で取得不可能になった」、「履修困難な学生が生じている(カリキュラムの過密化)」、「学生の単位取得上の混乱が生じた」、「教職科目に関する選択の余地がなくなり、窮屈になった」、「理科の実験にコンピュータの活用を含むとなったため、授業展開が難しくなった」、「科目が増えたことにより、夜間主コース学生の履修が難しくなった」、「専門科目が少ないように思われる(教育学部で高校免許取得の場合)」など、必ずしも改善とはいえない面があることを指摘するものがあった。

 【問3】では、'88年改定において各大学・学部で最も大きな課題となったものが何であったか、選択肢から2つを選んでもらった。

 

   当然のことであるが、改定方針に沿って教育実習の充実と教職専門科目での科目新設にどう取り組むかが課題となっていたことがよくわかる。
学長の場合、同じ設問への回答は次の通りである。

 

1. 教科専門科目での科目新設
10(12.8%)
2. 教職専門科目での科目新設
36(46.2%)
3. 教養・共通科目での科目新設
3( 3.8%)
4. 大学独自な科目の新設
2( 2.6%)
5. 教育実習の事前・事後指導の具体化
35(44.9%)
6. 教育実習の期間延長
11(14.1%)
7. 専任教員数の不足
30(38.5%)
8. その他
1( 1.0%)
計 94(100%)

                          

   ほぼ学部長の認識と一致しているが、教職専門科目での科目新設が負担となったことや、専任教員数の不足が問題であったことなどは、学長の方がより鮮明に問題意識をもっていたとも考えられる。
 【問4】では、改定への対応において教員組織を変更することがあったか、どうかを尋ねたが、その結果は、図23に示すような結果になった。

 

   教員組織としては変更していない方が75%を越えて、大半となっている。これは教員組織を変更しなくても対応可能だったと解することもできるが、変更したくても変更することが出来なかったとも受け取れる。「5.その他」を選んだものも「担当教員組織を構成した」と記入されている1大学・学部以外はすべて「(変更したくとも)できなかった」、「やむをえず現状で対応した」など変更しなかったことを補足しているもので、上記傾向をさらに強化している。
 '98年改定においてはさらに教員組織の変更を迫る改定が行われたが、やはり非常勤講師に頼る解決策となる可能性が高いことをこの数値は示唆しているだろう。


2. 1998年免許改定に対する状況と意見
次に、今回の98年改定への対応についてである。
 【問5】では改定の実施(予定)年度を尋ねた結果、図24に示すような状況である。

 

   これで各大学・学部がかなり早い実施態勢をとっていることがわかる。
 【問6】では今回改定の基礎となった教養審答申が示したカリキュラムの構造転換が改定によって本当に実現するのかどうか、その予測を項目毎にA「そう思う」、B「そう思わない」、C「どちらともいえない」として尋ねている。また、その予測の概況を図25に示す。

 

   いじめ、不登校、国際化、情報化という現代的課題への対応能力の育成についてはやや明るい見通しがもたれているが、全体的には不安な予想の色彩が濃い。特に子ども、同僚、保護者などへの対応能力の育成については危惧の方が高くなっていることに注目したい。
 【問7】は各大学・学部の教員養成カリキュラムにおいて改善する必要があるのはどの点か、項目をあげてそれについて、A「そう思う」、B「そう思わない」、C「何ともいえない」を選んでもらうかたちで答えてもらった。

   各大学・学部において改革が自覚されている分野が教育実習と教職専門科目とにあることがよくわかるところである。科目の新設を迫られているという自覚も高い。おそらく、いじめ・不登校、国際化・情報化への対応についてと理解してよいだろう。
 【問8】では、今回の改定によって今後授業科目の新設や必修化、あるいは単位の増加等が必要となる。この点について、各大学・学部で実施の見通しがどうなっているか、各項目についてA「現状の教員体制で実施可能」、B「非常勤講師で対応可能」、C「対応に困難」を選択してもらうかたちで尋ねた結果は、下記のようになっており、図27の通りである。

 

   '88年改定ではもちろん今回の改定でも専任教員を増やすことを中心とした条件整備が訴えられているが、全体としては現状で対応可能という流れとなっている。この結果は当然なのか、意外なのか。定員増を望んでも、現在の定員減を迫られている現状では困難とあきらめた結果なのだろうか。
 その中ではやはり「カウンセリングの必修化」への対応がいちばん困難が多いことがわかる。これは非常勤時間のことよりも地域において人材が不足していることを示しているのだろう。


3. 介護等体験実習導入の受けとめ方
 次は平成10年度入学の学生から教員免許取得を希望するものに「介護等体験実習」が義務化されたことへの対応である。まず、実施(予定)時期を尋ねた。

   予想以上に順調な対応とみてよいのではないだろうか。
 【問10】では、この「介護等体験実習」を大学としてどのような性格のものに位置づけているのかを尋ねた。

 

   各大学の対応が分かれている。強いて言えば、やや、ボランタリー活動として扱おうとする傾向が今のところ強いように思われる。
 実施年次は、2年次としたものが一番多くて23、次が3年次の6、2年次の5となる。そして1・2年次としたものが5ある。その他2・3年次としたものが2、1・2・3年次としたもの、1・3年次としたもの、2・3・4年次としたものが各1ある。学生の選択にまかせるのが2、未定が1で、無回答が2あった。
 教育実習との関係では、養護学校実習のみは関係させているのが18、関係なしが24、その他4、無回答3となっていて、基本的に教育実習とは別のものとして取り扱われている。
 期間については、社会福祉施設での実習は4日間が2、5日間が45、7日間が1、無回答1となって、圧倒的に5日間になっている。養護学校実習も2日間が45でほとんどを占め、他に3日間が2、7日間と無回答が各1ある。
 保健加入については、義務化しているのが39で圧倒的に多く、任意が5となっている(無回答5)。
 【問11】では計画立案にあたって、どのような困難を感じているか、選択肢について複数選択で答えてもらった。それを数の多い順に掲げると次のようになる。

  この点はほぼ予想された通りである。
 【問12】は、介護等体験実習をどのような性格のものに位置づけるのがよいと考えているか、考え方を尋ねたものである。
 「積極的な意味があるが、指導する体制や、受け入れる施設の側の条件整備を促進すべきである」が、31「積極的意味があり、教員養成大学・学部として充実を図るべきである」の3を加えると、34(69.4%)がその意義を認め、「十分な準備なしに導入され、時期尚早である」の12、「積極的意味はなく、位置づけるほどではない」の2と合わせた14(28.6%)を大きく引き離している。(その他1)提唱時に衝撃が走った割には定着に向かっているとみられ、今後はさまざまな条件整備が課題となるのだろう。 


4. 新免許基準施行に伴う制度的課題
次は「免許基準施行に伴う制度的課題について」の質問である。
 【問13】では、課程認定のあり方について選択肢で尋ねている。

   現行の課程認定が基準としても、事務量においも負担が大きいものと感じられていることがわかる。概括的な運用が期待されているものと思われる。
 【問14】では、新基準による教員養成カリキュラムを実施するにあたって、大学・学部において何が課題となるか、各項目をあげ、A「とても必要」、B「ある程度必要」、C「あまり必要でない」のいずれかを選択してもらった。

 

   「附属学校との連携」、「施設・設備の充実」、「教育委員会との連携」が必要と感じられているのは当然とて、「教員の意識改革」、「学生の意識改革」の必要性が切実に感じられていることはこれまでより顕著な傾向ではないだろうか。条件整備を楯に云々している時代が終わりを告げつつあると言うのは言い過ぎだろうか。
【問15】では免許法改正が10年ごとに実施されること自体の適否について訪ねる。

   免許法とか養成基準自体について否定的ではないが、あまり短期間での改定や行事的な改定には否定的とみてよいだろう。
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