教育課程審議会「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について
(中間まとめ)」に対する意見

平成12年11月1日
 国立大学協会会長
  蓮 實  重 彦

 国立大学協会としては、本年3月に基本的な問題点を指摘し、意見書を提出(平成12年3月13日付)したので、以下ではその内容と重複することを避け、補足的に意見を申し上げる。

1. 評価の機能とこれからの評価の基本的な考え方
 今回の「中間まとめ」の基本的考え方として、「目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)を一層重視するとともに、児童生徒一人一人のよい点や可能性、進歩の状況などを評価するため、個人内評価を工夫することが重要である」ことが打ち出されているが、重要な指摘であると考える。その上で、さらに次のような諸点を考慮すべきであると考える。
(1)  準拠すべき目標は、現行においては学習指導要領に示された目標であると考えられているが、評価行為は絶えず目標そのものの吟味に結びついてこそ本来の役割・機能を発揮しうると考える。児童生徒の達成状況を客観的に把握するとともに、そこで把握された達成状況から逆に目標自体が適切であるかどうかの再吟味が行われるべきであると考える。例えば、児童生徒の達成状況を把握する評価行為は、およそ10年ごとに行われる教育課程の改訂とその教育目標・内容・方法等の妥当性についての再吟味という意味も含むことになるわけなのである。
 そのような再吟味作業がなされないならば、硬直化した目標に向けて児童生徒をむりやりに駆り立ててしまいがちとなり、結果として「中間まとめ」に記された上記の基本的考え方にも反する事態をもたらすのではないかと危惧するものである。したがって、今後、そのような再吟味システムの在り方も審議し、基本方針を明確に打ち出すことを期待するものである。
(2)  「目標に準拠した評価」を行なう場合、一般的には、その前提として「目標」が具体的であることと、その達成状況の把握が客観的であることとが求められる。しかし、そのことは、ともすると細かな基準づくりとそこへの達成状況を数量的に提示することばかりに傾きがちとなる。そして、「児童生徒の自ら学び考える力」「生きる力」などの単純に数値化できないものの育成状況までも、その枠組みの下でむりやりに評価しようというような事態を生み出しがちとなる。「中間まとめ」では、全ての教育活動やその目標における達成状況を単一に評価するような方法ではなく、あくまでそれぞれの教育活動やその目標の特質に応じて多様に評価するような方法の工夫改善を求めているが、その基本姿勢を堅持しつつ、今後、さらなる改善と開発を進められるよう期待するものである。
2. 指導要録の取扱い
 指導要録を、「日常の学習指導の評価活動に対して基盤となる考え方や方法を示すもの」と捉え、日常の「指導に役立たせる」という基本方針は重要な指摘であると考える。その上で、さらに次のような諸点を考慮すべきであると考える。
(1)  指導要録作成のための教員負担は現在においても過重な状態である。例えば、単純計算しても、4つの観点への評価を各教科について行うと9教科で36項目、これを学級の児童生徒数40人について行なうとすると1440項目となる。その他に、「総合的な学習の時間」や「特別活動の記録」などの状況を記述するとなると、かなりの負担であることは否めないであろう。しかしその一方で、それだけの苦労にもかかわらず、実際の教育指導上においてはあまり活用されないものとなっている実態にある。このような実態を改善する意味からも、さらに簡素化し、各教員の負担を軽減するとともに、教育指導上にも役立たせることができるようなものとする方策が求められている。例えば、4つの観点の評価の趣旨を生かしながらも、その記入にあたっては特に長所短所などがある場合のみ記す方向での改善などが一案として考えられよう。さらに審議を行ない、具体的な工夫改善策が提起されることを期待するものである。
(2)  「総合的な学習の時間」の評価に関しては、「数値的な評価をすることは適当ではない」という方針の下で、「各学校において具体的な目標、内容を定めて指導を行うこと」、「その目標、内容に基づき、観点を定めて評価を行うこと」が必要との見解が重要であると考える。しかし、その「観点」の具体化作業を進めるにあたって、あまりに細分化しすぎないような配慮が必要である。なぜならば、評価の「観点」が、あまりに細部にわたって、固定的なものとして設定されてしまうことによって、「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てる」という「総合的な学習の時間」設置の本来のねらい自体を阻害してしまいかねないからである。この点からしても、評価の「観点」は、多様で緩やかなものとして理解されるよう求めていくことが必要であると考える。
3. 児童生徒の学習状況を客観的に評価するための方策
 児童生徒の学習の達成状況を客観的に評価するための評価基準、評価方法等の研究開発が、今後、関係諸機関の協力の下に進められ、各学校において行われる評価活動を支援していくような体制が確立されていくことを期待している。そのためにも、さらに次のような諸点を考慮すべきである。
(1)  「中間まとめ」では、研究開発を進めるにあたって、都道府県や市町村の教育センター・教育研究所等や、教員養成大学・学部等の教育研究機関の果たす役割に言及しているが、教育評価分野における専門的研究者や指導的教員が不足している実態からして、とくに全国の教員養成大学・学部における当該分野専門スタッフの充実、養成教育や現職教育における教育評価分野の学習や研修の充実が急務であろう。こうした教育評価活動を基盤的部分で支える体制確立への配慮も求めたい。
(2)  全国的かつ総合的な学力調査の実施にあたっては、本年3月に提出した意見書の中でも、@学力調査内容が学習内容や教材に即したものであり、かつ児童生徒の発達段階に対応した到達可能な目標・内容として明示されたものであること、Aまた、児童生徒の学習達成状況の把握のみならず、教育課程の診断としての役割も果たす必要があること、Bさらに、教育課程の診断機能を有した学力調査によって、新しい世紀、変化の時代に対応したものとしての、児童生徒一人一人が確実に習得すべき「基礎的・基本的な内容」とはどのようなものなのかを明確にしていくこと、の3点を考慮すべきであると指摘しておいた。
 今回の「中間まとめ」では、それらの諸点についての考慮がなされていると認識するが、さらに重ねて、学力調査実施によって学校や児童生徒の負担が過重になったり、結果による学校間の序列化が生じたりすることのないように、くれぐれも慎重な配慮を求めたい。
4. 教育課程の実施状況等から見た学校の自己点検・自己評価の推進
 各学校が、児童生徒の学習達成状況や自らの教育活動について自己点検・自己評価を行い、その結果を保護者や地域の人々に説明するとともに、それを踏まえて改善と結び付けていくべきとの基本方向が提起されたことは重要であると考える。その上で、さらに以下の諸点を考慮すべきであると考える。
(1)  本年3月に提出した意見書において、@この自己点検・自己評価の取り組みが各学校における教育活動上の特色や創意工夫を引き出したり、教員の力量向上の契機となるような取り組みとしていくこと、A各学校における自己点検・自己評価項目の設定については、一律に比較可能な共通評価項目のみではなく、各学校の実態に即した点検・評価項目にしていくべきであること、B評価結果を、児童生徒やその保護者、あるいは地域住民等に公開し、学校改善に向けての共同の協議・行動を起こしていくことまでも視野に入れておく必要があること、を指摘しておいた。「申間まとめ」では、今後、自己点検・自己評価の内容、方法、公表のあり方等について研究開発していくことが提起されているが、この自己点検・自己評価の取り組みが各学校の教育活動を励まし支えていくものとなるよう、その研究開発の際は上記のような諸点が考慮されるよう重ねて強調しておきたい。
(2)  「各学校における自己点検・自己評価に当たっては、学校評議員制度を活用するることなどにより、結果を保護者や地域の人々に説明することが重要である」と述べられているが、重要な指摘であると思われる。その取り組みを実りあるものとしていくためにも、@学校の自己点検・評価活動の目的を明確にし、趣旨を児童生徒、保護者、地域の人々に共通認識してもらうこと、A点検・評価項目の内容が、児童生徒、保護者、地域の人々の視点に立った、わかりやすいものであること、B学校の教育活動が日常より広く理解されていくようなさまざまな取り組み(例えば、授業や学校の公開など)を行うこと、などが必要であると考える。
5. その他の関連事項
 教育評価問題に関しては、学習指導要領や指導要録の前回改訂後、例えば「関心・意欲・態度」面の評価方法やその結果を入試選抜の資料とすることなどをめぐって、当初さまざまな混乱が学校現場に生じてきた。今回、それらと同様な混乱が生じないようにするためにも、以下の諸点が考慮されるべきであると考える。
(1)  教育評価の在り方は、入試選抜とも絡んで、多くの児童生徒やその保護者たちのの関心を呼び起こし、一人ひとりの教員の教育指導のあり様にも多大な影響を与えていくものである。それだけに、今後具体的な改革が図られていくにあたって、是非、学習指導要領や指導要録の前回改訂以後、ここ約10年にわたる学校現場での教育評価活動がいかなる実態にあったのか、どのような理論的実践的問題点が生じてきたのかなどを、今一度あらためて振り返り、問題点を整理しておくことが必要不可欠な作業であると考える。
(2)  今回の「中間まとめ」では、児童生徒の学習達成状況の把握の在り方や各学校のの教育活動の自己点検・自己評価の在り方など、教育評価活動全般にわたっての研究開発に、国や県市町村の教育研究機関とともに、教員養成大学・学部に対してもまた大きな期待が寄せられている。国大協としても各教員養成大学・学部がそのような期待に応えられるよう努力していく考えであるが、国及び各地方自治体においても教員養成大学・学部における研究開発活動を支える一層の整備・充実に格段の配慮をお願いしたい。
以 上