63号 OPINION 特集【みんなで支えるキャンパスライフ】

連携と協働を力に一人ひとりに寄り添う学生支援を

 

日本学生相談学会理事長
甲南大学文学部教授
甲南大学学生相談室カウンセラー
高石 恭子

 

長引くコロナ禍により大学の教育環境が大きく変わっている今、多大な影響を受け続けている学生に対し、効果的な支援を行っていくことが大学にとって重要な課題になっている。
学生はどのようなサポートを必要としているのか。それをどう実現していけば良いのか。
長年にわたり学生相談の現場でカウンセラーとして活躍し、日本学生相談学会理事長も務める甲南大学の高石恭子教授に、現在の学生を取り巻く問題や、求められる学生支援のあり方などを伺った。

学生相談の第一線で30年以上「定点観測」を継続

新型コロナウイルス感染症の拡大は、大学生活に大きな混乱をもたらし、先の見通せない不安定な状況は今もなお続いている。こうした中、最も大きな打撃を受けているのは、言うまでもなく学生たちである。多くの戸惑いや不安、ストレスを抱える学生のために効果的な学生支援を行っていくことが、大学にとってこれまで以上に重要になっている。

甲南大学の高石恭子教授は、臨床心理学の専門家として学生相談室の専任カウンセラーを務めながら、学生支援に関する研究、啓発、情報発信などに精力的に取り組んでいる、この分野の第一人者だ。

「甲南大学には学生相談を担当する部門と、地域の方々の心の健康の相談に応じる部門という2 部門からなる、阪神・淡路大震災を機に設けられた全国的にも珍しいカウンセリングセンターという組織があります。私は、学生相談部門を拠点に、30年以上にわたり学生のカウンセリングを行ってきました。教員・研究者としてこれほど長い期間、学生相談の現場で『定点観測』を行っている専門家は少ないはずです」と語る。

さらに高石教授は 2019 年 5 月より、学生相談領域の研究と発展を目的に多彩な活動を行っている日本学生相談学会の理事長としても活躍している。この学会は、高等教育機関で実際に学生相談・支援に関わっていることが入会の資格となっており、会員の顔ぶれは心理学の研究者、カウンセラー、精神科医、看護師、一般の教職員など様々だ。その取組の内容も、実践的な研究成果の共有・発信をはじめ、ワークショップや研修会・セミナーの開催、大学カウンセラーや学生支援士資格の認定、さらには学生同士の支援活動のバックアップなど多岐にわたる。

「とにかく『学生のために役立つこと』に幅広く取り組むことを方針にしています。メンバーも活動の中身も、研究を主体とする他の多くの学会とは一線を画すユニークな学会と言えるでしょう」

現在、個人会員が約 1500 名、機関会員が約 300 とコンパクトな学会であるが、2022 年 4 月に一般社団法人化を予定しており、これまで以上に日本の学生支援の発展に果たす役割に期待が集まっている。

大学が本来備えるべき人間形成の機能が失われつつある

学生支援の最前線に立つ高石教授は、近年の学生を取り巻く環境の変化と、学生が抱える問題をどのように捉えているのだろうか。

「2000 年代に入った頃から、いわゆる新自由主義の拡大を背景に、経済界から大学に対し、即戦力となる完成された人材を求める声が強まりました。企業で社会人としての基礎教育を行う余裕がなくなり、コミュニケーション力の育成やアクティブラーニングによる問題解決能力の強化など、すぐに役立つ力を養成することが望まれるようになったのです」

さらに、この頃よりアメリカで生まれた GPA 制度の日本の大学への導入も広がり、学生は社会が求める能力を修得するための勉強、数値化された成績を他者より少しでも高めるための勉強に追われるようになった。

「それまで大学生には、社会に出る前の比較的自由な時間が保障され、『自分はどう生きるべきか』『社会とどう関わるべきか』といったことを内省しながら考える時間がたっぷりありました。それが失われたことで、無視できない弊害が生じています」

戦後の新制大学に導入された学生支援の役割は、1980年代~90年代には心の病気や身体の障害など特別な事情を抱える学生に対し専門的に対応することが中心になっていた。これが2000 年代に入り発達障害者支援法や障害者差別解消法の整備などを経て、現在では「すべての学生の心の育ちを支援すること」に変わってきたという経緯がある。

「私は高等教育で柱となるミッションは、高度な専門性の教育と、社会で生きていくための人間形成の 2 つだと考えています。この両輪が揃って回ることが重要なのですが、教育の『即効性』が重視され始めてから人間形成という大切な機能が後退してしまいました。その結果、目先のことに必死に取り組んでいた学生が、どこかで失敗や破綻した途端にぱたりと立ち止まってしまう。突然、うつ状態になったり、不登校、ドロップアウトしてしまう。そんな学生の増加に悩む大学が増えているのです。社会や企業の要請とあって反対の声を上げにくいところですが、今こそ大学本来のあり方を見つめ直すべきではないでしょうか」

主体性や共感性の低下に適切に対応していくことが重要

「学生の心の変化ということでは、最近『主体性』が低下している学生が目立つことも気になっています」と高石教授は訴える。日本社会の課題である少子化や急速な IT 化といった複合的な要因によるものと考えられ、この傾向は特に 2000 年以降に顕著だと言う。

「漠然とした不安を抱えていても、『主体的に悩めない』、『自分の内面を語れない』学生が増えています。2000 年代と 2010年代の学生を対象としたある調査の結果を見ると、何かの決断が求められる局面で、自分で決めるよりも親や先生に決めてもらった方が良いと答える学生の割合が高まりました。私が学生相談や授業で学生と話していても、こちらの言うことを鵜呑みにして、疑問や反論が以前ほど出てきません。社会は『主体的な学生を育ててほしい』と望んでいるのに、現実は逆になっている印象です」

同様に 2000 年代以降、アメリカの大学では学生の「共感性」の低下が問題になっていると高石教授は説明する。SNS やメールなどの利用が進んだ結果、人と対面して共感能力を養う機会が減り、他者の気持ちを汲み取れない自己中心的な学生が増えているというのだ。

「共感性の低下と主体性の低下は、同じこころの変化の裏表であり、やがて日本でもアメリカと同じ問題が顕在化するに違いありません。こうした変化に適切に対応していくことも、これからの学生支援の重要なテーマです」

コロナ禍による個別の影響に配慮し長い目で学生のサポートを

大学を取り巻く様々な環境変化がもたらす影響の中で、やはり今、最も気になるのはコロナ禍によるものである。学生の心に何が起きているのか。

「コロナ禍で学生は、『本来あるはずだったキャンパスライフの喪失』に直面しました。自粛生活が長引くにつれ、うつ状態や孤独感、無力感を覚え、意欲を喪失する学生が増えています。また、異文化との出会い、交流により促される、自己確立や全人的成長にも支障が出ています。この事態をどう受け止め、乗り越えていくかは、学生支援に携わるすべての者にとって未知への挑戦であり、学生の心に寄り添う新たなサポートの形を模索する必要があります」と語る。同時に高石教授の目には、この突然の「災害」による影響は、1995 年に甲南大学も甚大な被害を受けた阪神・淡路大震災の経験とパラレルに映るとも言う。

「あの震災は、人々の様々な価値観を一度に全部押し潰しました。本学にも、大切な仲間や家族を失った学生もいれば、苦労して就職を決めた会社がなくなってしまった学生もいる。何も影響を受けなかったかに見えて 10 年後にパニック障害を起こした人もいます。その一方、それまで無気力に過ごしていたのに、被災地でボランティアをするなどして自分の存在価値を見出した人もいます。つまり、学生が経験したこと、感じたことは一様ではなく、時間の経過によっても変わるということ。これはコロナ禍も同じで、もちろん多くの学生がストレスやショックを感じていますが、中には対面の人間関係を避けられることを歓迎する学生や、オンラインの方が勉強が捗ると喜ぶ学生もいます。学生支援を行う際には、このような学生の『個』をしっかりと見つめつつ、長期的視点で取り組む必要があるのです」

高石教授は、この先コロナ禍が収束したとしても元通りのキャンパスライフには戻らないと考えている。オンライン授業の利点が周知されたことで、今後もハイブリッド授業は継続されるだろうという見方だ。

「例えば日本にいながらリモートで海外の大学の授業を受講するなど、学び方や学生生活の送り方の選択肢は増えたとも言えます。こうした『キャンパスライフの多元化』を見据えて、一人ひとりの最適な学生生活の組み立てをサポートすることも学生支援の役割となっていくでしょう」

全構成員の有機的な連携が効果的な学生支援を生み出す

大学生活を一変させたコロナ禍は、学生支援の転換点にもなり得るだろう。これを発展の機会と捉え、より効果的な学生支援を実現していくために大学に必要なこととは何か。

「最も大切なのは、大学の全構成員の持てる力を融合させることです。学生相談や学生支援の専門家を核として、普段、教室や窓口で学生に一番身近に接する教職員が緊密に連携・協働することが、学生に役立つサポートを提供していくためには欠かせません」

実際に甲南大学では、この連携がうまくいっていると高石教授は自負する。

「甲南大学は 8 学部と大学院が 3 つのキャンパスに分かれていますが、学生相談部門のスタッフは、どの学部、部署にどんなキーパーソンがいるのかをよく理解しています。これができているので、特別な仕掛けを用意しなくても、各部署間の情報共有や合意形成がスムーズにいくという側面があります」

これに加えて、2000 年代半ばから学生支援のための制度・体制の強化を行うことで、その機能を一段と高めた。

「まず、ほぼ毎月、学生相談室スタッフをはじめ、医務室、学生部、教務部といった学生支援関連部署の担当者が集まる定例会議を行っています。そこで学生支援に関わるあらゆる課題や問題を取り上げて、特に支援を要する学生についての詳細な情報を共有したり、実際に支援を担当する部署と実施内容などを話し合います」

そして、その実施のために人的な拡充や特別な予算が必要になる場合は、全学の学生支援委員会が立ち上がって審議を行い、大学全体としての方針を決定するしくみができているという。

「甲南大学は教職員同士の顔が見えやすい中規模校ですから、比較的学内の連携は図りやすいのですが、大規模校になると事情が変わってくるかも知れません。本部とは別に学部独自のカウンセラーがいる二段構えの体制になっている大学も多いと聞きます。また、学生に関する情報の共有についてはプライバシーの問題もありますから、そこは慎重に扱わなければいけません。しかし、効果的に学生を支えていくためには、やはりしっかりとした連携体制を整備することが肝心です。その上で、手間ひまかけて丁寧に情報の共有や合意形成に取り組んでいく。そして限られたマンパワーを有効に利用するために、縦割りの体制を廃し、各部門の知恵と力を持ち寄る。先ほど触れたように各部署のキーパーソンを生かすことも、学生支援を効率的に進めていく上で有効なはずです」

国立大学の強みを生かして日本の学生支援をリードしてほしい

自身も京都大学出身であり、日頃から学会の活動などを通じて国立大学の学生支援関係者と活発な情報交換を行っている高石教授は、学生支援領域における国立大学ならではの様々な強みを指摘する。

「まず、学生支援に専任で従事している教員の数が相対的に多いことが挙げられます。私立大学では、私のように教員が学生相談に関わるケースは非常に少ない。ですから国立大学には、実践研究を含め、この領域でさらなるリーダーシップを発揮してもらいたいのです。また、国立大学は先端研究に力を入れる大学から、地域の中核として高度な人材育成を担う大学まで多様性に富んでおり、それぞれの特徴に応じた様々な学生支援を実践し、そのノウハウを蓄積できる点も強みのひとつと言えるでしょう。さらに、学生が学生を支援する形の取組でも、国立大学は多くのユニークな実績を上げています。コロナ禍においても、例えば筑波大学では学生主導で新入生の入学祝賀イベントを行ったり、名古屋大学では学生のクラス長会を学生支援センターがバックアップしたりしています。その他、生活に困窮する学生に食料を配布するなど、他大学の良いお手本になる数多くの活動が国立大学を舞台に展開されました。アフターコロナのより良いキャンパスライフを創造していくために、国立大学には、その豊富な人的資源と実績を生かして、この領域の発展をリードしてほしいと思います」

高石教授は期待を込めてエールを送る。学生支援の未来を拓くこともまた、国立大学の重要な役割なのだ。

高石 恭子(たかいし きょうこ)
兵庫県生まれ。

京都大学教育学部教育心理学科卒業、同大学大学院教育学研究科博士後期課程満期退学。京都大学博士 ( 教育学 )。1989 年より甲南大学で学生相談に従事。1992 年同大学文学部専任講師、1996 年助教授を経て、2003 年教授。同大学人間科学研究所兼任研究員として親子関係や子育て意識の研究にも携わり、2019年より日本学生相談学会理事長を務める。専門分野は臨床心理学。「自我体験とは何か―私が<私>に出会うということ」「学生相談ハンドブック」など著書・編書多数。