65号 LEADER’S MESSAGE 特集【気候変動対策 -地球とわれわれの未来のために-】

広島発 産学官連携でカーボンニュートラルの実現を

    広島大学長          広島大学大学院 先進理工系科学研究科 准教授
     越智 光夫      金田一 清香

 近年、地球温暖化が進み世界中で異常気象や気象災害が頻発している。その原因となっているのが人為的な活動によって大量に排出されている温室効果ガスだ。

 日本では2050年までに温室効果ガスの排出量を実質的に0にするカーボンニュートラルを目指すと宣言。そのような中で、広島大学は「カーボンニュートラル× スマートキャンパス5.0 宣言」を行い、2030 年までにキャンパス内のカーボンニュートラル実現を目指して、地域や企業との連携もあわせて、進み始めている。

 広島大学の越智光夫学長と同大学大学院先進理工系科学研究科の金田一清香准教授にその取り組みについて語ってもらった。

この10年で変貌した日本の気候

− 近年、日本では豪雨災害が多くなりましたが、先生方の実感はいかがでしょうか。

越智:私が広島に来たのは18歳のときで、以来、ずっと広島で過ごしています。広島は温暖な気候で、台風がときどきやってくるものの大きな地震や災害などはありませんでした。それが最近は豪雨などで大きな被害が発生するようになりました。

金田一:私は広島に来て10年ほどになりますが、ここ数年は梅雨の終わり頃に毎年、どこかで水害が起こりますよね。気候変動が進んでいることを肌で感じています。

越智:平成26年8月豪雨では広島市八木地区を中心に広島県内で74名の死者が出ました。さらに、平成30年7月豪雨では広島市と呉市をつなぐ道路が寸断され、医師が広島市から呉市まで行くのに船を使うこともありました。この豪雨では広島県内で120名の方が亡くなっています。
 豪雨災害は広島県だけの問題ではありません。今年も日本全国で様々な被害が出ていることからわかるように、日本全体の問題になっています。しかも、近年は、土石流や山腹崩壊などによる土砂災害と、洪水などが複合的に発生して大きな被害をもたらす「相乗型豪雨災害」が多発し、これまでの災害対策では追いつかなくなっています。
 広島大学でも、多発している相乗型豪雨災害に対応するために、2018年9月に防災・減災研究センターを立ち上げました。近年の気候変動には地球温暖化が大きく影響しています。IPCCの第6次評価報告書では、今世紀半ばには世界の平均気温が産業革命前と比べて、5割の確率で1.5℃上昇すると評価されました。このまま何もしないと、世界中で大規模な災害が発生するばかりです。
 国内では、2020年10月26日に当時の菅義偉首相が「2050年カーボンニュートラル宣言」をしました。この目標はとてもハードルの高いものです。何もせずに一気に達成できるものではありません。様々な組織が小さな取り組みをコツコツと積み上げていくことで、やっと2050年に達成できるようになるでしょう。
 日本は二酸化炭素排出量が世界で5番目に高い国です。カーボンニュートラル達成の機運を高めていくためにも、全国で86校ある国立大学の担う役割は大きいと思います。大学としてもこの問題に積極的に関与していく必要があります。その第一歩として、2021年1月26日に「カーボンニュートラル×スマートキャンパス5.0宣言」を行いました。

行政と大学が手を取り 地方からイノベーションを起こす

− 「カーボンニュートラル×スマートキャンパス5.0宣言」について、詳しく教えてください。

越智:この宣言では2030年までに実現を目指す目標が2つあります。1つ目は、通勤・通学を含め、広島大学のキャンパスで使うエネルギーのカーボンニュートラル。2つ目は、次世代通信規格である第5世代移動通信システム(5G)のネットワーク網の整備などによる、スマートキャンパスの実現です。
 カーボンニュートラルに関しては、国の「2050年カーボンニュートラル宣言」を先取りする形で、2030年に達成することを目標としています。これはとても高いハードルですが、高いハードルを課して行動しない限り、国全体で2050年にカーボンニュートラルは達成できないと思います。国立大学の役割として、積極的にメッセージを発信し、社会を引っ張っていく意味合いをこめて、2030年を目標に定めています。

金田一:確かに、待っていたのではカーボンニュートラルは実現しません。学長のリーダーシップで取り組みを進めていけるのはすごいなと感じています。カーボンニュートラルとスマートキャンパスを組み合わせる宣言は、他の大学ではやられていませんが、このような発想はどうして生まれたのですか。

越智:今、社会ではICT(情報通信技術)が飛躍的に発展しています。コンピュータやセンサーの発達によって、今後、街とデジタルが融合するスマート化が進んでいくでしょう。大学はスマートシティ実現のための技術を提供するなど、支援する立場にあります。カーボンニュートラルと同じように、社会にメッセージを発する意味合いをこめて、まずは学内でスマートキャンパスの実現も宣言しました。
 ただ、スマートシティやカーボンニュートラルは大学だけが推進しても実現するのは難しいものです。今回の「カーボンニュートラル×スマートキャンパス5.0宣言」では、東広島市、住友商事株式会社と包括連携協定を結び、産学官連携の新たな地方創生モデルの創出を目指します。東広島市は、広島大学の東広島キャンパスが立地する自治体です。大学と大学が立地する地 域の自治体が目標を共有し、行政資源と大学の研究・教育資 源を融合させながら、持続的な地域の発展と大学の進化を共 に目指す協力体制は日本ではあまり例がありません。私たちは、このような協力体制の構築を「Town & Gown*構想」と名づけ、地方創生の新しい枠組みとして根づかせていきたいと考え ています。
 「Town & Gown構想」の参考にしたのは、アメリカのアリ ゾナ州立大学です。アリゾナ州立大学は、アメリカの中でも有数の規模を誇る大学で、アメリカのMost Innovative Schools (最も革新的な学校)に2015年から7年連続で選出されて、新しい試みを次々と行っています。アリゾナ州立大学で様々な試みができるのは、大学本部のある自治体のテンピ市との関係がとてもいいからです。「Town & Gown構想」では、広島大学 と東広島市が同じような関係を構築し、イノベーションを起こしやすい環境をつくっていくという狙いがあります。

既存技術と組み合わせて 二酸化炭素排出量の削減を

金田一:「カーボンニュートラル×スマートキャンパス5.0宣言」は、それぞれの研究者の進めている研究の社会実装を後押ししてくれます。若手研究者にもチャンスを与え、開かれた大学だなと思います。

越智:宣言の実現に向けて、広島大学では7つの挑戦を続けています。具体的な取り組みは、先進理工系科学研究科の先生の研究を中心に様々なシーズがあります。例えば、市川貴之先生の再生可能エネルギー由来の電力や熱で水素を製造し、水素エネルギー利用システムの構築を目指す取り組み、松村幸彦先生の高温高圧の水を用いたバイオマス資源の有効活用などがありますし、尾坂格先生の塗布型有機薄膜太陽電池も有望です。もちろん、金田一先生の取り組む地中熱利用による建物の省エネにも期待しています。

− 地中熱利用とは、どのような技術なのですか。

金田一:地中熱利用は、日本では発展途上にある建物の新しい空調技術で、簡単にいうと、エアコンの代わりになるものです。屋外に穴を掘ることで、エアコンの室外機の機能を土の中の熱で代替する仕組みです。エネルギー効率はとても良く、最新型のエアコンよりも30%ほど省エネできるほどの潜在力があると考えています。
 この技術は寒冷地で生まれ、日本では北海道を中心に導入されています。本州の温暖な地域でも、東広島市をはじめ、冬の冷え込みが厳しく、夏の冷房と冬の暖房で同じくらいの電力を消費するような地域では活用しやすい技術だと思います。
 しかし、設置コストがエアコンの10倍ほどかかるという難点もあります。このような状況で、今回の宣言を受けた挑戦の中に、地中熱利用を盛りこんで頂いたことはとてもすごいことだと受け止めています。
 現在、東広島キャンパスだけで、3万3000トン( 2013年実績 値)ほどの二酸化炭素を排出しており、空調からの排出量は全体の3割弱だと思います。私の試算では、2030年までに更新する空調機器の中で、1割ほどを地中熱にすることで、東広島キャンパスの二酸化炭素排出量は1割削減できるとみています。
 広島大学では、5メガワットの大規模太陽光発電の導入など、広大な敷地を活かした様々なプロジェクトも進められています。最新のエアコンと地中熱利用、その他の再生可能エネルギーに関する取り組みをうまく組み合わせて、二酸化炭素排出量を削減していくのが最適解であると思います。
 広島大学の挑戦に地中熱利用が選ばれたことで、東広島キャンパス内に地中熱を活用した新しい建物が建設されることになりました。この事例を成功させて、地中熱利用の省エネ特性を多くの人に知ってもらい、この技術を広めるきっかけにしていきたいです。

 

* ガウン(Gown)は欧米文化圏の学校で着用されてきた伝統的な衣装。現在でも学位授与式などで着用されることから、大学を象徴する言葉として使われている。

地中熱利用の実験設備(広島大学提供)

大学校舎屋上に設置された太陽光パネル(広島大学提供)

日本のカーボンニュートラル達成に 貢献したい

越智:カーボンニュートラルの達成には、教員、学生など、一人ひとりの意識の変化も大切です。スマートフォンのアプリなども活用して、省エネの見える化などにも取り組み、一人ひとりが省エネを意識して、行動できる仕組みも用意していきたいです。

金田一:アプリは、カーボンニュートラルや省エネと絡めた情報を発信して、個人の行動変容を促せるかが大きな課題になると思います。東広島キャンパスだけでも200以上の建物があります。これからエネルギー効率が高く、魅力的な建物を整備していったり、そのような情報をアプリで提供したりすることで個人の行動変容を促せるのではないでしょうか。

越智:私たちは住みやすい地球を維持するために投資する必要があります。地球の限られた資源をうまく利用して、次の世代に良い環境のまま渡していけるかどうかが、今、問われていると感じています。

金田一:私は建築学の研究者なので、子どもたちには少しでも良い空間で過ごしてほしいと思っています。人は幼少期の体験をよく覚えています。現代人は建物の中にいる時間がとても長く、1日の8〜9割を占めています。学校も含めて、良い空間で育った経験を幼少期からたくさんしていくことで、次の世代にも伝えていけると感じています。

越智:2030年までにキャンパス内でカーボンニュートラルを達成することは、本当に高い目標です。挑戦には、「達成できないかもしれない」というリスクが常について回ります。何もやらなければリスクはないですが、チャレンジすることが大切です。広島大学の取り組んでいる「カーボンニュートラル×スマートキャンパス5.0宣言」の大きな狙いの一つは広島大学が2030年に先行してカーボンニュートラルを達成することで、日本全体でカーボンニュートラルを達成する機運を醸成していくことです。自治体や企業と協力することで、様々な技術が社会に広がっていくことでしょう。
 自治体と大学が協力する「Town & Gown構想」が他の地 域や大学にも広がり、たくさんの地域や大学でカーボンニュー トラルへの取り組みが広がっていけばいいなと思います。実際、 興味を示す自治体や大学はいくつもあります。一緒に取り組む メンバーを増やしていくことで、日本国内でカーボンニュートラ ルに対する具体的な取り組みが広がっていくでしょう。2050 年に日本のカーボンニュートラルを達成できるように広島大学は貢献していきたいものです。
 大学では具体的な技術だけでなく、新たなシーズを生むような自由な基礎研究も積極的に進めています。研究者の好奇心から思いもよらない技術が生まれてくるはずなので、今後、広島大学から社会が驚くような新技術が登場するかもしれません。ご期待頂ければと思います。

越智 光夫(おち みつお)

1952年生まれ。愛媛県今治市出身。広島大学長。広島大学医学部卒業後、整形外科に入局。1995年島根医科大学教授。2002年広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授に就任。広島大学病院長を経て、2015年から現職。2015年に紫綬褒章を受章。

金田一 清香(きんだいち さやか)

1976 年、北海道生まれ。広島大学大学院先進理工系科学研究科准教授。北海道大学工学部卒業、同大学院工学研究科都市環境工学専攻博士課程修了。北海道大学大学院工学研究科特任助教、東京大学大学院工学系研究科特任助教などを経て現職。

※写真撮影時のみマスクをはずしています。