第1部 大学入試政策の転換と国立大学

1.大学入試政策の転換―大学入試の大衆化―

 この20年にわたる大学入試の変遷をふりかえると、その歩みは、多少のジグザグを繰り返しながらも着実に大学入試の「大衆化」に向けて進んできた。
 1980年代の半ばに提出された臨時教育審議会答申は当時の30%台後半という進学率にふさわしい入学者選抜、また受験競争の過熱、学力偏重の打開策を求めて、入試の多様化、評価の多元化を提案した。学力だけに依存しない幅広い評価のあり方を入試に導入したいと考えたのである。さらに、共通第1次学力試験(以下、共通第1次試験)に代わる新テスト(大学入試センター試験)として、国立、公立大学と私立大学とが同じ資格で利用できるア・ラ・カルト方式の共通試験を提案した。現在の大学入試センター試験(以下、センター試験)である。学生の8割近くを占める私立大学を抜きにしては、大学入試の改善、大衆化は到底考えられないからであった。
 1990年代に入ってからの大学入試政策の動向は、臨時教育審議会答申の趣旨を継承しながらも、再び受験競争の過熱問題にゆり戻され、入試の大衆化へまっすぐ進んだわけではなかった。1995年に提出された中央教育審議会答申では、再び学力試験の偏重を論じ、選抜方法・評価尺度の多元化を推進することを中心において、アドミッションズ・オフィス入試などの提案を答申した。
 しかし、3年後の1998年には、今度は「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」という表現を用いて、改めて中央教育審議会へ新しい時代の大学入試のあり方が諮問された。教育システム全体の量的・質的変動を前提として、そこから大学入試を構想するという、諮問内容としては画期的な内容であった。それは受験競争の過熱に焦点をおいた選抜問題としての大学入試ではなく、大学教育の大衆化時代にふさわしい大学入試のあり方を模索することでもあった。1年後に提出された答申は「選抜」から「より良き相互選択」への転換をキーワードに据え、問題の中心を受験競争、選抜からつぎの課題へシフトさせることを「宣言」するものであった。
 1999年暮れの中央教育審議会の答申を受けて具体的な検討を開始した大学審議会入試専門委員会は比較的短期間に集中した審議を重ね、2000年4月末に中間まとめを提出した。内容的には中教審答申に沿ってかなり大胆に「相互選択」の条件をさぐったものであった。提案にあげられた、センター試験の複数回実施、センター試験の資格試験的利用等の提案は、従来は行政側自身が否定的に対応してきたものである。これらの新しい提案は、大学入試を特別な選抜機会とみなさず、やり直しのチャンスを増やし、公平性の捉え方をより幅のあるものにすることによって、大学入試を日常的な進学プロセスのなかに取り込もうと意図したものであった。提案そのものは十分に魅力的な内容を備えていたが、その実現に関しては、具体的改善策としてもあげられたものについても、残念ながら、現状では甚だ、可能性の薄いものであった。

2.大学審議会提案と国立大学

 ここで、本年4月に公表された大学審議会の「大学入試の改善について(中間まとめ)」対する第2常置委員会の考え方を簡単に述べておきたい。
 第2常置委員会としては、大学審議会が提案した数々の内容に関して同意すべき点も少なくないことを認めるが、大学入学者選抜の改善のための基本的な視点として打ち出されている受験機会の複数化(やり直しのきくシステムの構築)については、既に前期日程・後期日程の分離分割方式の徹底、推薦入試の導入、さらにはAO入試の導入などにより十分複数化されていると考えている。
 本来、やり直しのきくシステムが目的としたところは、高等教育での勉学志望の変更や社会人へ進学の道を開くことで、同一年内に同一形式の入試を複数回受験させる機会を与えることではなかったはずである。
 また、具体的な改善策としてセンター試験の年度内複数回実施や試験成績の複数年利用が提言されているが、そもそもセンター試験は受験生の「基礎的な学習の達成度」を測ることを目的に導入されたはずであり、現状では多くの大学で入学者選抜に利用されている実態がある。このような現状を勘案すると、センター試験を12月と1月に複数回実施することは、高等学校教育にも甚大な影響を与えるもので大学関係者のみならず高等学校関係者等の理解を得ることはむずかしく、また試験成績の標準化や難易差調整などの解決すべき技術的課題もあり、このことが他に優先して解決すべき問題とは考えられない。
 さらにはセンター試験におけるリスニングテストについても、公平性の確保などその実施には様々な障害が予想され、センター試験全体の実施を困難にする恐れすらあり、現状では各大学、学部が必要に応じて個別試験にリスニングテストを導入することのほうが現実的であり効果も高いと考える。


3.共通第1次学力試験の見直し

 行政側が大学入試の「大衆化」に踏み出したことで、国立大学もまた高等教育機関としての自らの責任と使命を再確認し、新たな大学入試の枠組みのなかでどのような位置を占めるべきか、明らかにする必要が生じている。
 国立大学がめざす大学入試は「多元的な評価に立脚する入試」であり、それは学力評価を重視し、なおかつ学力評価だけに依存しない入試でもある。
 1979年に、国立大学の総意としてスタートした共通1次試験は文字通り多元的な評価をめざした入試であった。共通1次試験によって「高校教育における基礎的、一般的学習の達成度」を測り、個別大学の第2次試験においては、各大学・学部の学習に必要な「専門的な能力や適性」を測る。そしてこれらを総合して合否判定を行う構想であった。7年の歳月をかけて慎重に検討の進められた改革構想であったが、現実にはこの構想は共通1次試験の実施のなかでは実現されぬままに終わった。
 なぜ実現が困難であったか、今日の観点からみると、2つの理由があげられる。第1は、個別大学で実施する第2次試験の多様化が期待したようには展開しなかった。学科試験が多くを占め、その趣旨を生かすことができなかった。責任は大学の側だけにあったとはいえない。受験生、社会の側も小論文や面接で合否が決まることに対する許容性はまだ低かった。不合格者が納得できる結果を出すためには、第2次試験が学科試験に傾斜したのは無理からぬことでもあった。第2の理由は、偏差値データによる序列化、輪切りの進行であった。国公立大学受験者だけを対象とした試験であったにもかかわらず、自己採点データが瞬く間に全国に蔓延し、私立大学を含めてすべての大学の序列化、受験者の輪切りを促すような環境がつくりだされた。当時の大学入試が、国公私立を問わずすべての大学が「学力選抜」という単一の評価の構造で占められていたからである。
 現在はどうであろうか。当時存在しなかった3つの条件をわれわれは手にしたといえるのではないか。国立大学にあっては、第1に、大学は前期日程・後期日程入試、推薦入学の拡大などを通じ、この20年間に「多元的な評価」について多くの実践を行い、曲がりなりにも、その結果は社会的にも受け入れ可能なレベルのものとなっている。第2に、「大学入試の多様化」が浸透することによって、国立大学だけでなく、公立大学、私立大学においても、学科試験一辺倒ではなく、各大学の教育を受けるに必要な能力を多元的に評価するための多様な入試に構造が変わってきた。第3に、教育や入試の「多様化」が社会にあふれるほど供給されたことによって、逆に、共通な基礎学力の重要性が無理なく、認識されるようになった。少なくとも、そのことに関して、共通1次試験開始ころのような反発はない。これらの条件はいずれも20年前には存在しなかったものである。

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