第2部 考察 今後の教員養成系大学・学部の課題 調査結果をふまえて

1 大学における教員養成の課題

2. 変化の時代における役割は何か

専門委員  羽 田 貴 史


1. 1980年代以降の教育の変化と教員養成の課題
 現在、わが国の公教育は大きな転機にさしかかっており、国立大学及び国立教員養成系大学・学部は、構造的な転換を主体的に追求していく必要に迫られている。構造的な変化は、社会・経済状況や、教育システム、高等教育システム、教員養成システム内部の変化など多様な位相にあらわれており、これらを視野に入れ、広く大学関係者・国民の理解を得られる方向を示すことが求められよう。
 特に、現在の教員養成は、量(quantity)の確保と並んで質(quality)の向上が大きな課題となってきた。教員養成系大学・学部を含む国立大学は、この量の確保に寄与するとともに、私立大学と比べて低廉な学費によって、幅広い社会階層から学生をリクルートし、国費投入による教育研究条件の確保によって、質の向上にも大きな役割を果たしてきた。
 しかし、質の向上によって対応すべき変化の速度はきわめて大きく、量の確保を達成してきた計画養成の手法によっては、対応できない状況が生まれている。
 (1) 社会の変化と教員養成
 国民国家を超えた資本・金融の移動は、労働力の国際的移動をもたらし、社会経済生活・教育に対しても大きな影響を及ぼしている。また、情報化の進展は、従来の伝統的な教養に加えて、コンピュータ・リテラシーや情報倫理などを新しい教養として登場させ、学校教育の役割や内容を変化させている。
 さらに、20世紀の大量生産・消費型社会システムから転換し、持続する経済成長、資源循環型社会を目指すことが、大きな合意となりつつある。加えて、冷戦終了後の新しい国際秩序の形成、平和社会の構築も次世紀の課題であろう。これらの認識は、世界の持続的発展概念として第6回アジア学術会議(1999年3月)のテーマにもあらわれており、中央教育審議会答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」(第1次答申、1996年7月19日)も指摘している。
 これらの課題を実現する上で、教育の質の向上は重要な課題であり、教員養成の改革がその中心にあることが国際的な共通認識である。ユネスコ「21世紀に向けた高等教育に関する世界宣言」(1998年10月9日)は、教師の訓練の必要性(Article1(f))や、高等教育における教員養成の改善(Article6(c))、幼児から中等学校に至る教員の養成とカリキュラムのイノベーション、教授方法・学習方法の向上への寄与(Article10(b))を宣言しており、教育職員養成審議会答申(第1次、1997年7月28日)が、今後特に教員に求められる資質能力として「地球的視野に立って行動するための資質能力」をあげているのも、こうした動向と一致するものである。
 (2) 教育システム内部の変化
 教育システム内部の変化も、教員養成に大きなインパクトを与えている。高等教育はさらに大衆化が促進し、18才人口の減少もあって、2005(平成17)年ごろには進学希望者全員が入学するユニバーサル時代を迎えようとしている。しかし、中等教育の多様化もあいまって、学生の学力・意欲の変化は大きく、高校での学習を終え入学者選抜を経ても、大学教育に直ちに接続せず、ミスマッチが顕在化している。
 また、理科・算数離れやなど小学校から高校にいたる学校教育全体のパフォーマンスの低下が指摘され、「学力低下」が問題となっている。その一方、2002(平成14)年から学校5日制が実施され、大幅に学習時間を軽減した教育課程に移行することが決定されている。この教育課程が、学力の低下をもたらすのではないかとの懸念があり、対策の一つとして教員養成の充実が自然科学関係学会等から指摘されている(1994年7月 日本数学会・日本数学教育学会・日本応用数理学会・数学教育学会「数学教育の危機を訴える」、1994年8月 日本化学会「次世紀に向けての化学教育の課題 危機に立つ理科教育」、1994年8月 日本物理学会「初等・中等教育レベルにおける物理教育についての要望書」など)。
 一方、高校進学が実質義務化し、中等後教育進学率が80%に達している現状では、学習自体の意味が見失われたまま学校に進学・在学する、学校教育の飽和状態とでも言うべき現象がある。他方では、家庭・地域・社会の教育力が衰退し、子供の発達に必要な時間・人間関係・地域文化の欠落によって、社会的規範や人間関係の形成が不充分な現象も進んでいる。いわば、学校を支えてきた教育諸力が衰退し、公教育・学校教育離れが進行するもとで、学校が人間形成に役割を果たさなければならないというジレンマを抱えている。教員養成は、こうした状況で公教育を担う人材の供給が期待されているのである。

2. 教員養成と国立大学を取り巻く状況
 現行の教員養成制度は、大学における教員養成と開放制の原則に基づいて発足し、教員免許の種類と養成カリキュラムの基準を免許法によって定めている。養成は、国立教員養成大学・学部を中心とする目的養成機関と、それ以外の国立大学・私立大学とが教師の養成・供給と現職教育に大きな役割を果たしてきた。しかし、質の向上と変化に対応すべき教員養成の方策は十分なものではない。
 (1) 免許基準引き上げと開放制とのジレンマ
 1988年の免許法改正によって、教員養成の質の向上を、教員養成基準の改訂と必修単位の引き上げで推進する方策が取られた。1988年の免許基準改訂にもかかわらず、90年代を通じて、教員養成大学・学部と一般大学、国立・公立・私立大学という多様な種類の高等教育機関からの教員供給は基本的に維持されており、初等中等教育教員養成の主力は、国立大学が担ってきた(注)。国立大学の一般学部も、高校教員については全体の2割を供給するという重要な役割を果たしてきている。この構造については、本調査にある通り国立大学学長・学部長調査においても今後維持すべきものとしてほぼ支持されており、多様で個性的な教員を供給する上でも重要である。
 だが、これに続く1998年の免許基準の改定は、国立教員養成大学・学部の目的養成性をさらに強め、一般学部での教員養成を困難にした。かなりの大学が教職課程の設置を取りやめている。免許基準の引き上げによる水準向上の手法は、幅広い多様な人材を教員に供給する開放制を崩壊させるジレンマを抱えているのである。
 (2) 変化のスピードとのジレンマ
 また、免許基準の改訂は、学習指導要領の改訂とともに、ほぼ10年のサイクルで行われたが、このサイクルには合理性がない。社会・経済の変化はより短期間で生じるし、改訂された基準によるカリキュラムの卒業生を出して数年しか立たず、効果が検証できないのに、次の改訂の検討が開始されるのである。社会生活全般に多様化が進行する現代では、行政的にリジッドな基準を作成し、それによって教員養成カリキュラムを誘導する手法自体が行き詰まっているのである。1991年に大学設置基準が大綱化された理由には、各大学の自主性を生かした教育改革を進めることで、多様な学生のニーズに対応する大学教育を作り出すことにあった。現在も、高等教育は、その流れに沿って推進されており、教員養成においても、各養成機関が、最低基準をクリアした上で、創造的な教育研究の成果に基づいた教員養成カリキュラムを設定し、質の向上を実現できる仕組みを作ることが必要である。
 (3) 計画養成と学生の変化とのジレンマ
 高等教育の大衆化や初等・中等教育の変容は、教員養成大学・学部に進学する学生の様変わりももたらし、大学進学率が低い時期に教員養成大学・学部に進学した学生層とは、大きな変化が生じている。1993年の国立大学協会教員養成制度特別委調査では、国立教員養成大学・学部在学生の42%は、教職以外の進路を考えている。高等教育進学率が低かった時代には、地方の国立大学および教員養成大学・学部に、比較的優秀な学生を吸収し、教師として供給することが可能であったが、様変わりが生じている。
 また、国立教員養成系大学・学部にとって教員就職率の低下は深刻な問題であり、1999年度において32.0%(文部省調べ)となっている。いくつかの推計では、数年以内の上昇が見込まれるものの、教員採用動向は、教員の年齢構成と教員定数改善により決定されるので、今後も採用動向が大きく変化することは避けられない。かつて、高等教育進学率が低かった時代には、民間労働市場など他の職種によって吸収も可能であったが、学歴インフレが進行し、民間での採用動向の停滞もあいまって、需要に対して過剰な卒業生を吸収することは困難になっている。
 近年、年功型賃金体系を見直し、大学教育に実践的な能力の育成を期待する意見が強くなっている(関西同友会教育・社会改革委員会『21世紀に向けた人材育成』1998年5月)。一方、教員養成においては、実践的指導能力への期待が高まっており、これを免許基準の引き上げによって行うと、需給関係を幅広い労働市場で調整する機能は弱まる。需給関係の変動を学生定員の増減で対応する方策は、長期的な視野に立って教育研究を行う大学・学部を混乱させ、また、学生定員の削減によって教職志向の学生を確保し、計画養成を維持するという保障もない。この点からも、教員養成大学・学部の柔軟な組織編制を検討することが、必要である。
 現に、全国的に設置されてきた新課程は、すでに学生定員の3分の1を占め、教員養成大学・学部は、教員に限らず、多様な進路を持つ学生を教育する組織に転換しているのである。しかし、新課程は、教員配置や施設・整備の不十分さもあって、十分な効果を発揮しているとは言い難い。教員養成の水準向上と開放制とを調和させる、トータルな教員養成システムの再検討に進まざるを得ないであろう。
(注) 教員採用総数に占める国立大学のシェアは、52.7%(1990、文部省『教員免許状・就職状況』調査、表参照)から37.9%(1997)に急減しているが、1990年には10,639人だった幼稚園教員が、1997年でも10,358人とほぼ横這いの採用があった結果、採用数全体の54.0%を占めるようになり、短期大学や指定教員養成機関からの採用数が増えたためで、大学のシェアそのものが縮小したためである。幼稚園教員をのぞくと、国立大学出身者の占める比率は、63.0%(1990)から59.3%(1997)へとやや減少した程度で、依然としてわが国の教師の過半は、国立大学から供給されている。
 学校種別では、小学校教員では大学院卒業者も含めると75.0%から80.5%へ上昇し、中学校教員は57%程度の水準で推移、高校教員はやや増加し、公私立大学と分け合っている。
 国立大学内部では、教員養成系大学・学部のシェアは、全体の32.2%から18.7%に急減し、幼稚園教員をのぞいても、52.7%から37.9%に低下しているが、この点は、大学院への移行の結果によるものとも思われる。

3. 行政改革と国立大学・教員養成
 1990年代の末に急速に展開し、教員養成に大きなインパクトを与えつつあるのは、行政改革であり、特に国立大学の設置形態の変化(独立行政法人化)である。それは、ユニバーサル化など量への対応と、大学教育の国際標準化といった質の向上を、イギリスの高等教育改革を参照しつつ、第三者評価システムを導入し資源配分とリンクさせ、競争的資金の比重を増大して競争的な環境を創出し、いわゆる市場原理によって大学改革を推進するものである。独立行政法人化への移行は、早くとも平成16(2004)年度からとされているが、これらのスキームは、現在の教員養成系大学・学部にとって適合的でなく、大きな影響を与えると思われる。
 第1に、独立行政法人のもとでは、公費投入は抑制され、自己収入の増加が経営上促進されると思われるが、教員養成系大学・学部は、財政的に外部資金および自己収入が増加しにくい構造を持っている。
 第2に、公的な競争的資金導入の前提として評価システムの導入が具体化しているが、教員養成の機能・役割を適切に評価の構築が遅れている。たとえば、「大学評価機関(仮称)創設準備中間報告」(平成11年9月)においては分野別研究評価項目として「国際的な視点を踏まえた研究水準」などを挙げているが、教育実践力の向上や幅広い教養や教育観の育成を役割とする教員養成大学・学部の教育研究活動と対応するものではない。
 第3に、評価システムが稼働した場合、教員養成カリキュラムの基準が法令に規定され、それに規制されてカリキュラムが編成される現行の仕組みのもとでは、大学の個性化や自律性の増大に寄与せず、逆の機能を持つ可能性が大きい。
 第4に、大学評価機関による評価に加えて、主務省および総務省の評価(中央省庁等改革基本法第39条による行政評価および同第29条による政策評価)によって、事務・事業の改廃等の勧告もなし得るようになるが、教員養成系大学・学部は、教員就職率などを指標に大幅な学生定員減が実施された事例でもあり、大学教育の果たすべき長期的な役割・機能を位置づけない限り、短期的な費用対効果的発想で評価した場合に事務・事業の縮小に直結しやすい脆さを持っている。
 第5に、行政改革は全体として、効率化・スリム化の方策であり、国家公務員定員削減などが計画されている。文部省は郵政関係に次いで国家公務員数が多く(16.6%、約14万人、平成11年9月)、国立大学中では教員養成大学・学部教員が、工学部教員とともに多く、スリム化の検討対象になりやすい。
 第6に、教員養成系大学・学部のカリキュラムは、初等中等教育課程の改訂に伴う教員養成基準改定によって変更される循環構造に組み込まれており、教員配置数などの条件整備の不十分さもあって、教育の市場原理化を推進する諸措置によって自己革新を図るメカニズムが働かない。
 以上のような問題構造のもとで、教員養成において国立大学が果たすべき役割が問われているのである。

<< Back

Copyright (C) 2004 社団法人 国立大学協会. All Rights Reserved.