第2部 考察 今後の教員養成系大学・学部の課題 調査結果をふまえて

2 教員養成カリキュラムの課題

2. 養成カリキュラムをどうつくるか

専門委員  山 ア 準 二


 今回の調査の内、「U.教員免許基準の改定に伴う教員養成カリキュラムの現状と新しい対応について」部分の結果は、以下述べるように、教員免許基準の改定方針に関する認識とその評価に関して2つの特徴を示していると同時に、そこから導き出される今後の課題を3点にわたって提起しているように思われる。

1. 教員免許基準の改定方針に関する認識と評価の特徴
 (1) まず第1は、1988年の改定と今回1998年の改定を通じて、教員養成カリキュラムがいわゆる「実践的指導力の育成」へと傾斜してきているとの認識が多く表明されていることを特徴としている。「実践的指導力の育成」の強調とそれへの傾斜とは、例えば、教職専門科目と教育実習(事前・事後指導を含む)の強化、カウンセリングなど教育相談・臨床分野の学習の強化、そして教職に関する体験的活動の重視などに象徴されている。
 このような具体的な養成カリキュラム編成の改定動向に関する認識は、その方向をさらに一層推し進めるべきだとする意見とやや危惧の念を感じざるを得ないとする意見とに二分されてもいる。前者の意見は、子どもたちの様々な問題行動や意識の変化に対応できる資質・力量を育成するため、学生の勉学意識のみならず、大学教員の意識や研究・教育活動を、さらに一層教員養成という目的に焦点化していかねばならないとの問題提起でもある。
 それに対し後者の意見は、養成カリキュラム全体が教職関係科目に傾斜することによって、結果として専門教科の力量が低下してしまうことや教員としての基本的な教育識見や人格の形成をおろそかにしてしまうことへの危惧の念の表明である。受験体制や入試制度の影響による大学生の学力低下や学習意欲低下が指摘される状況を背景として、その危惧の念は教育専門職としての資質・力量とは何かの根本的問題を提起するものともなっている。
 (2) 第2は、教職への意欲が減退せざるを得ないような状況が生み出されてきていることの指摘が多く表明されていることを特徴としている。
 具体的には、採用数の絶対的減少、さらに合格者に占める過年度生の増大が、現役学生の教職志向を低下させ、学習意欲を殺ぐ要因になっていること、また教職活動の困難さや過重負担、それに見合うだけの教員の待遇(給与や学級定数などの)改善の遅れが、養成教育に携わる大学教員に教職の魅力を語りにくくさせるとともに、学生の教職離れをもたらす要因ともなっていることなどの指摘が多く見られるのである。
 この点に関しては、養成カリキュラムの中に「教職の意義等に関する科目」を新設し「教職への志向と一体感の形成」(教養審第1次答申、1997年7月28日)を図ろうとするだけでは問題の根本的解決に程遠く、是非、問題解決に向けての政策的な改善施策がなされることが必要であろう。

2. 今後の課題
 (1) 教員養成カリキュラムが「実践的指導力の育成」重視の下に教職関係科目に大きく傾斜され、(上述してきたような)その傾斜の一層の推進意見とその傾斜を危惧する意見とが並立して表明されてきた段階において、いま再び「大学における教員養成カリキュラムの全体構造」についての研究と討議が求められているように思われる。この点が第1の課題である。
 その際の具体的な研究・討議課題としては、大学における一般教養教育と専門教育と教職教育という3つの教育活動のあり方と相互の関係性の問題がまずある。この問題は、戦後の教員養成において、「大学における養成」原則が謳われて以降、絶えず繰り返し議論になってきた古くて新しい課題でもある。しかし、各大学において大綱化や教養部改組などの改革が進み、とりわけ教育系大学・学部においては「5000人縮減」策に伴っての改組が進めれてきたことによって、上記3つの教育活動のあり方や相互の関係性にも変化が起こってきている。この時期段階において、教員養成という観点から一般教養教育や専門教育を含んだ「大学における教員養成カリキュラムの全体構造」について研究と討議が従来にも増して求められている。そしてこの研究と討議の課題作業は、全国の大学を一律に規定する方向で行なわれるのではなく、それぞれの大学における特色ある大学づくりと結びついてそれぞれの大学・学部が個性的な教員養成を確立する方向で行なわれねばならないと考える。
 次の具体的な研究・討議課題として、教職教育自体のあり方の問題がある。戦後、幾度かの教免法改定によって科目内容と科目単位数の変更は進めれてきたものの、教職関係科目の履修構造は基本的に教免法の欄構成に従った概論・原論による教育の原理的考察から各論・特論による個別教育活動領域の学習へ、そしてそれらの総仕上げとしての教育実習へ進むというスタイルのままであった。それは一見系統的で合理的なようであるが、実際は学生たちの具体的経験・イメージと切り離されたままでの概論・原論の学習から始まり、大学での教職教育と有機的な関連性を感じさせない見習修業的な教育実習で終わるという問題を抱え続けてきたのではないだろうか。教育実習の分散化と早期化、介護体験やボランティア体験などの導入、さらには「教員を希望する学生が日常的に学校現場を体験できるような学校の受入れ体制」や「採用が内定した者に対して採用前に学校現場を体験できるような受け入れ体制」を整備することも提起されてきた(教養審第3次答申、1999年12月10日)現段階において、個々の教職関係科目の授業改善が進められるのと並行して、いま各種体験活動の位置づけも含めた教職関係科目の構成全体の、養成教育に責任を持つ大学として主体性を発揮した抜本的な再検討が必要であるように思う。
 この点に関しては、各大学において「教員養成カリキュラム委員会」を設置するという教養審第3次答申の提起は、「大学の教授法の研究開発」の提起とあわせて、教育系学部・大学だけではなく一般大学・学部においても真摯に受け止めねばならないと思う。
 (2) 第2の課題は、「実践的指導力の育成」重視という場合の、その育成のための方法と内容の研究・討議である。教養審第1次答申(1997年7月28日)は、「実践的指導力につながる資質能力」として、「幼児・児童・生徒観、教育観といった、子どもや教育に関する適切な理解」、「教職に対する情熱・使命感、子どもに対する責任感、興味・関心といった事柄」などをあげ、養成教育においては「実践的指導力の基礎を強固にする」ために「教職への志向と一体感の形成に関する科目の新設等」や「教育実習の充実:本体、事前事後指導、多様な実習機会など」を提起している。しかし、「実践的指導力」そのものが何かという根本のところが未だ茫漠としており、確定できないところに、この課題の研究・討議の難しさがある。
 「実践的指導力」は、教育実践が展開される場である学校現場において日々生成され獲得されるものである。だとするならば(小・中・高校の)教育実践が展開される場ではない大学において、その力量の育成のために何ができるのであろうか。むろん、実践的指導力を根底で支える学問研究力(いわゆる教科の力)を育成することこそが学問研究が展開される場である大学における教員養成教育の本来的役割であることに変わりはないであろう。
 しかし、さらに今、具体的な実践的指導力育成に向けた独自の取り組みが期待されてもいる。今回の調査結果は、その方法として、附属学校園を始めとする教育実践現場と結びついた教育諸学の研究と教育、子どもと実際に触れ合う実践的な体験をさらに採り入れた養成教育を今後の方向として求めている。それには、実践事例を素材とした臨床的な授業、体験活動と切り結んだ演習的な授業などが必要となろう。大学における教育諸学の研究と教育の活動がさらに一層そのようなスタイルを採り、その研究と教育の活動の中に附属学校園の教員と学部学生とを巻き込むことによって、おのずと実践的指導力の育成と実践的指導力それ自体の解明とが推進されよう。(この実践的指導力育成の問題に関しては、さらに本報告書に収めれている横須賀薫委員の報告を参照されたい。)
 (3) 今後の課題の第3は、上述してきた(1)(2)の事柄を実現するための制度的条件整備的保障に関わる事柄である。これには、大学における養成教育上の事柄と学校現場における教職活動遂行上の事柄とがある。その具体的内容として、調査結果では例えば、大学における研究・教育活動上のスタッフ・機器・施設などの整備・充実、教育実践現場における教師の置かれている待遇改善などの必要性が指摘されている。
 国立大学、とりわけ教育系大学・学部における研究・教育上のスタッフ・機器・施設の未整備は従来から繰り返し指摘されてきた事柄であるが、予算面での一層の支援と大学内における学部の壁を越えた相互援助・利用の方策が今後考えられねばならないであろう。大学における教育活動の改善に向けた取り組み(ファカルティ・ディベロップメント)が進められている今日、教育系大学・学部のみならず、一般大学・学部における教員養成の営みを、全学的に支えるシステムの再構築が必要である。
 教育実践現場における教師の置かれている待遇改善とは、何よりも担当する学級定数のさらなる改善と給与面での改善であり、教育専門職としての資質・力量を形成していくためのサポートシステムの整備・充実であろう。後者に関しては、ともすると画一的押し付け的になりがちであった従来の生涯研修体系化計画に基づいた方策ではなく、教養審第3次答申において打ち出された基本方針、すなわち教員個々人のライフコース上の転機・ニーズに対応した多様な研修機会の充実とそれらへの自由なアクセスを可能とする条件整備とを行うという方向でのサポート・システム構築が必要であろう。
 最後に付言しておくならば、教員養成の質的維持・向上は、日常的な自己及び相互点検・評価とその結果に基づく改善の不断の取り組みが必要である。そのためにも教員養成における自己点検・評価活動の指針となるべきものの確立に向けた集団的研究・討議・具体化が急がれているといえよう。

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