第2部 考察 今後の教員養成系大学・学部の課題 調査結果をふまえて

3 教員養成における大学院の課題

2. 養成・研修における大学院の役割は何か

専門委員  八尾坂  修


1. 大学院への期待
 大学審議会答申『21世紀の大学像と今後の改革方策について』(1998年10月26日)によれば、大学院(修士課程・博士課程)在学者が量的に拡大することが予測されている。すなわち、1998年度において国公私立全体で586大学のうち約7割にあたる420大学に大学院がおかれているが、大学院の在学者は1998年5月現在178,829人(修士課程123,220人、博士課程55,609人)であり、1993年当時の98,650人(修士課程68,739人、博士課程29,911人)に比較し、1.8倍の規模になった。大学院への進学動向及び修了者の雇用機会に基づく将来推計によると、2010年における大学院在学者数は、進学動向に基づく試算で25万人、雇用機会に基づく試算では22万から24万人の結果となっている。しかも今後、新たな産業分野の創出、成長によって高度な専門的知識・能力を具備した人材のニーズが生じることも想定され、25万人以上の規模拡大が推計される状況にある。
 大学における教員養成を原則とした現行の制度が1949年に制定されて以来、すでに半世紀を経ているが、教員に対してすでに1988年に修士の学位を基礎資格とする専修免許状制度が創設されている。また1996年には国立の教員養成系大学・学部のすべてに大学院が設置された(下表参照)。教職の職務内容について高度化・多様化が著しい状況のなかで、修士課程段階の教育を受けた教員の割合を一層高めることも求められる。ちなみに公立学校の教員採用者において、大学院修了者(4年制大学の専攻科含む)は、97年度に小学校4.4%、中学校8.2%、高校15.3%、障害児教育諸学校9.5%と伸びつつ方向にある。ただし、学歴別に見た教員全体の構成(国・公・私立、95年度文部省『学校教員統計調査報告書』による)において、大学院修了の学歴を有する者の割合は、小学校1.0%、中学校2.5%、高校7.8%に過ぎない。
 教育大学長・教育学部長(以下、学部長と略)の意識では、すべての学校種教員に対して修士号取得の比重を高めることに90%以上の賛成があり、しかも10年後に期待する目標値(修士号の取得)としては、いずれの校種についても20%以上を目標に掲げる回答は80%以上に及んでいる。教養審答申(1998年10月)も一つの試算例(40歳未満の現職教員の15〜25%を対象に2010年度末までの10年間に修士の学位又は専修免許状の取得)を出しているが、大学院での教育機会の拡大という点では同一の方向にあるといえる。
 また、学部長の意識のほか一般大学長(以下、学長と略)の意識においていずれも大学院修了者として特に指導的教育関係者についてその比重を高めること、基礎資格とすること、さらには10年後の目標値(最大値50%)を高めることを支持する度合いが高い傾向がみられる。このことは、カリキュラム内容の質的充実として、例えば「教育課程経営」、「教育法制」、「リーダーシップ」、「学校改善の理論と実践」、「現代の教育課題」といった広く学校経営にかかわる教育内容の充実も必要であることを意味しよう。実際、近年の調査で、教職員の意識(校長、教務主任)において管理職養成や免許制度化については否定的傾向があるものの、上記のカリキュラム内容の設置を特に教員養成系の大学(院)において要望しているのも事実である(1)。このことは、一種免許状を基礎に修士課程において重点的に履修した領域(例えば生徒指導や学校経営など、学校側のニーズが高い分野)に関して、免許状に単に参考上表記されるのではなく、しかも人事において積極的に活用される措置が望まれてくるわけである。
 また、大学院修士課程の果たす役割を学部長は、広く「現職教員の研修や研究の受け入れ機関」として最も支持する度合いが高いのも確かである。このことから受講者の学習ニーズに応じた教育内容の充実も不可欠となる。しかも、大学院修了後、教職を志望する大学院生、現職の大学院生、博士後期課程への進学を目指した大学院生などタイプの異なった受講者に対して指導上の分化も必要となってくる。とりわけ大学院における現職教員のための教育が重視されるなかで、学習者でもある現職教員が実践的指導者として力量を向上させるエンパワーメントをより可能とする課題が大学側の課題であろう。この点、学長調査では、一般大学の大学院でも「条件を整備した上での推進」をも含め、積極的に教員養成における修士課程の活用を支持する傾向(6割強)がみられる。一般大学が教科専門科目に特徴づけた大学院教育を充実させることも今後の方向として期待される。

2. 1年課程大学院と長期在学コース
 高度専門職業人養成のための「1年課程の特化された大学院」についての意識をみると、学長調査、学部長調査いずれも「条件を整備した上で推進」が多くを占めている。このことは、ともかく1年制を制度化するにしても従来の教育水準を下げることに関しては首肯できないことを示している。最近の他の調査でも(2)同様の傾向を示しており、全国の国公私立大学大学院研究科長、企業の意識としても在学年数の他は修了要件が同じで、1年間で修了できるコースの開設を期待している状況にある。現行の2年を基準としつつ、各大学の裁量で弾力的に実施することが考えられよう。ただ現状からみて、1年間のフルタイムでは、時間的にも修士論文作成の余裕はなく、場合によっては2年以上を要している状況もみられる。仮に1年課程を設置したとしても、修士論文を数年後に提出できる制度も検討されてよいだろう。また、大学院入学前に科目等履修生として大学院での単位を取得した場合に、一定単位まで修了履修単位として認定する方途も必要である。
 この点、長期在学コース(現行の2年間の標準在学年限を超える在学予定期間を弾力的に設定するコース)も各大学で考慮の余地がある。長期在学コースについても先述の調査(3)によると、全国の国・公・私立大学の大学院研究科長の約7割弱(68.8%)が必要性を認めている事実がみられる。またこのコースについて特定の専門分野に限定すること、高度専門職業人養成、社会人を対象に限定することについては各々否定的傾向を示している。さらに、長期在学コースについては、在学年限の上限を設けるべきか否か、一つの判断基準になる。設けるべきと回答した研究科長(約3分の2、「設ける必要がない」約2割)の考える上限は4年が最も多い。また、長期在学コースにおける授業料設定の問題も看過し得ない。学習機会の同等負担の考え方からすれば、修了に必要な最低修得単位数を総額として1単位あたり、あるいは履修科目数に応じて授業料を設定することも考えられる。アメリカの大学院では社会人パートタイム学生(修士課程)に対して上記の単位数に応じた徴収もみられるのである。

3. 大学院活用のための有効な方策
 学長調査、学部長調査のいずれも、修士課程における在学を容易にするために、「現職教員派遣枠の拡張」、「休業制度の創設」を支持する度合いが高く、しかも学部長調査に特にその傾向がみられる。研修等定数の措置により、今日1,500人近くの現職教員が国立の教員養成系大学院に1年または2年フルタイムで在学している。研修等定数の充実に配慮することは必要であるが、一定の財政的制約を考えると、研修休業制度の創設によって学ぶ意欲のある現職教員に在学の機会を拡大する措置を講ずる必要があろう。
 現在、これまで大学院への派遣希望に際しては、教育委員会への同意手続きを踏まなくてはならない。通常、本人からの申請に基づき、公立小・中学校の教員の場合は県教育委員会と協議の上、市町村教育委員会が、県立学校の場合は県教育委員会が同意の諾否を決定する。申請の際、所属長の推薦書を付する県もある。今後、派遣もしくは休業のいずれの措置をとるにしても、教育委員会は研修機会の平等性を図る必要から、可能な限り具体的に推薦手続きや選考基準を明確にしておくことが求められる。続いて、「修士課程修了者の給与待遇の改善」も修士課程を活用した教員養成を進める方策として有効ととらえられている。今後大学院の拡充を進める上で、昼夜開講制あるいは夜間の大学院、通信制の大学院(4)といったどのタイプの大学院で学ぶにせよ、修士レベルの教育を受け、専修免許状を取得した現職教員に対して、給与上の措置、退職手当の算定に大学院での在学期間を通算することも求められる。その他の処遇改善としては、休業給付の在り方について既存の育児休業制度とのバランス関係についても留意する必要がある。

4. 大学院の役割拡大に向けた条件整備
 教員養成系大学院の抱える問題として、特に「施設設備の不足」、「教育研究費の不足」、「大学院教育への期待と大学教育のずれ」が指摘されていた。この点、国立大学協会が全国の国立大学全教員を対象に行った調査(1995年)(5)においても教育研究上の制約が問題であった。大きな制約となっている回答で最も多かったのは、「教育・研究支援教員の不足(76%)」であり、次いで、「教室・研究室等のスペース不足(73%)」、「実験設備・器具の不足(72%)」、「実習・調査費の不足(69%)」が上位を占めていた。今回の調査で、「学部レベルの教育研究環境そのままで修士レベルの教育を実施することを強いられている」ことの意見もみられるが、大学院の人的・物的条件の整備、現職教員とともに一般学生、留学生等への教育的支援の充実が一層求められる。
 修士課程の目的・性格をみた場合、教育に関する高度の資質と能力をもつ教員の養成を指向する傾向があり、研究者養成という性格も共有する立場をとる大学院は少ない。この点、大学院教育の内容的・方法的充実として現職教員等のニーズと大学側の意識とのギャップを縮小させる対応が求められるとともに、大学院における教員養成・研修カリキュラムの開発・評価について教育委員会側との連携協力を推進することも無視できない。このことは、例えば修士論文のあり方として、教育的視点の是非も問われるのである。教科教育関係の研究ではなく、教科専門の研究を希望する院生に対して、指導上の方針を具体化すること(6)も肝要である。
 また、大学院において高度な実践的研究を意図するとき、附属学校との連携は不可欠である。大学院生が実践的研究を行う際、附属学校を活用することも位置付けられてよい。ただし、人的条件の整備を含め、協力関係を阻害する要因を克服することも課題である。
 教員養成系大学が教員養成を直接目的としない新課程を設置していることから、大学院に免許状の取得の有無に関わらず、新課程の学生が入学を希望することも当然予測される。教育学研究科の目的の弾力化・多様化ともかかわってこようが、新課程の理念を活かした大学院教育、研究組織も検討課題として考慮されるべきであろう。
 なお、96年度から東京学芸大学と兵庫教育大学を基幹校として、教員養成系の大学院博士課程連合学校教育学研究科が設置された。修了者に対して今後、大学や研究機関、教育指導職への進路が確保されることが望まれるとともに、教員養成系の大学院修士課程を修了し、その後現職教員等として実践的指導力にすぐれた人材も同様の道が拡大されることも教員養成系大学・学部のみならず一般大学教職関連講座に求められる。
 わが国において、大学院への現職教員、社会人の開放は大学と学校側が相互に学ぶ機会を増やすと考える。また大学側も人事面において多様なキャリアを有する人材が構成され、活性化することは明白であろう。

(注)
(1) 八尾坂修「学校管理職の養成と選考・研修−学校指導者の意識−」『教育制度学研究』(日本教育制度学会)、4号、1997年、pp.87-89。
(2) 小林雅之「短期集中型1年制」『生涯学習活動の促進のための大学院制度の弾力化に関する調査研究』(館昭代表 文部省生涯学習局委嘱成果報告)、1998年、pp.105-112。
(3) 同「長期在学コース」 pp.112-118。
(4) 夜間大学院については、1997年度12大学(修士12大学、博士4大学)、17研究科(修士17研究科、博士4研究科)、24専攻(修士23専攻、博士5専攻)に存在するが、国立大学では筑波大(修士のほか博士1専攻)、東京学芸大(修士)、大阪教育大(修士)の3大学に過ぎない。通信制大学院(修士課程)が1999年4月に日本大学、明星大学、聖徳大学、仏教大学の4大学に開設されたが、いずれの大学院も現職教員等に対して専修免許状取得の道が開かれている。これらのタイプの大学院については、教育内容面、修了者の社会的評価等についてボーダレスが求められなくてはならない。
(5) 国立大学協会大学院問題特別委員会『国立大学大学院の現状と課題』、1996年、p.226。また、最近の大学基準協会が行った調査でも同様の指摘がみられる。大学基準協会『大学院改革の実施状況に関する調査研究』、1999年、pp.127-130。
(6) 日本教育大学協会第一常置委員会『大学院修士課程の運営の実態に関する調査報告書』、1998年、62pp。

参考資料 国立教育系大学大学院(修士課程)一覧

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