第2部 国立大学における男女共同参画を推進するための提言


1 大学における男女共同参画推進のための姿勢と方針の明確な表明

日本の大学における女性の進出の著しい遅れにもかかわらず,そのような実態の把握と問題化およびその改善のための努力の面で,これまで十分であったとは言えない。大学全体としての取組が必要である。

大学の教官選考規定の中に,男女共同参画推進のために大学として果たすべき責任と方針を明文化すると共に,学長声明その他を通して学内外への周知を図り,その実現に向けた具体的方策の策定を促進する。

2 カリキュラムおよび研究におけるジェンダー学の拡大充実

アメリカの大学では,女性学,ジェンダー学が,1970年頃から登場し,短期間のうちに全国の大学に急速に広がり,カリキュラム改革および伝統的知の見直しの最も重要な推進力の一つとなってきた。女性学の普及は,女性の教職員の増加,大学改革の推進に貢献した。また,若い男女学生がジェンダー問題を学んだことは,平等社会建設の力となり,ジェンダー学が果たしてきた役割は大きい。

日本の大学におけるジェンダー研究関連講座の開設は増えたとはいえ,まだ非常に少ない。平成4年度から8年度の間(1992〜1996年),私立大学ではかなりの増加を見たが,国立大学では開講大学数は全く増加なしの37校に留まり,科目数は101,受講生数は8,555人(女性4,360人,男性2,649人)であった(国立婦人教育会館調査資料:資料B−(1),(2))。アメリカの各大学が多数のジェンダー関連コースを提供しているのに比べると,日本のジェンダー研究関連講座はまだ極端に少なく,著しく縁辺化されていると言わざるをえない(ハーバード大学とスタンフォード大学におけるジェンダー研究関連コース・リスト参照:資料B−(3))。

(1)教育機関としての大学の役割に鑑み,国立大学のカリキュラムの中にジェンダー研究関連講座を積極的に増設すると共に,将来的には,ジェンダー研究学科の設置も検討する等,ジェンダーを大学における教育と研究の縁辺から中心へと取り入れるべきである。

(2)学問はこれまで男性によってほとんど独占され,女性の視点からの「知」の認識が不十分であったので,ジェンダーの視点を取り入れて「知」の見直しを行い,新しい「知」の生産に資するように,ジェンダー研究を積極的に奨励するべきである。

(3)大学における教育的,知的活動にジェンダーの視点を取り入れることは,大学の教職員,学生のジェンダー問題への理解を高め,女性研究者の増加,働きやすい環境作りにも貢献するものである。ジェンダー学の充実は,まさに大学自体の男女共同参画を推進する力となる。ひいては男女平等社会の建設に積極的に貢献する大学としての社会的役割にも資するものである。

3 大学における女性の雇用および教育関連の実情把握の
ための調査資料の整備

各大学が,毎年,教職員,学生数を男女別に調査することによって,男女の数的アンバランスの現状を正確に把握することは,改善のための努力の第一歩である。

(1)教員等に関する統計調査は,職階別(教授,助教授,講師,助手,非常勤講師)および分野別に,男女別教員数と男女比率を示す必要がある。学生に関しては,学部,修士課程,博士課程別に,および分野別に,男女別学生数と男女比率を明らかにする。それにより,女性の教員および学生が特に少ない分野,両者のギャップが特に大きい分野を認定し,改善のための特別の注意を払うべきである。さらに,年次比較によって毎年の改善の状況を把握することが重要である。

(2)全国立大学の集計統計をとり,公私立大学との比較をすること,さらに,特に男女参画の面で先進的な諸国との国際比較をすることにより,日本の大学における男女平等推進の方向の策定の参考とする。

(3)各大学内に,男女共同参画推進担当機関(例えば,男女共同参画推進委員会,男女平等委員会等)を設置し,統計的資料の整備,女性の教員・学生の少ない分野への進出を妨げている問題の多面的分析,調査結果の学内外への広報を行うと共に,積極的に改善策を策定し,実施状況を点検する。

4 女性教員増加のための,教員公募システムの確立と
ポジティブ・アクションの採用

女性教員の増加は,第1に,雇用の平等原則に則るものであり,第2に,大学が必要とする優秀な人材確保の面でも,また多様な知の創造と伝達の面からも推進されなければならない。第3に,特に女性の少ない分野における女性教員の増加は,女子学生にとっての役割モデルとして重要である。さらに,大学は重要な雇用組織として,他の雇用組織に対しても,男女平等という社会的価値の推進者としての役割を果たすべきである。

女性教員の増加のために,教員公募システムの確立,ポジティブ・アクションの採用,およびその達成度の評価を,具体的かつ実効的に,実践するべきである。

(1) 教員の公募システムの確立と情報の広範な流布
公募情報の広範な流布,公募情報へのアクセスの保障,および実質的公募システムの確立は,雇用機会平等の前提である。女性を排除したネットワークや人脈内に限定された募集情報の流通であってはならない。公募情報の周知は,大学が必要とする優秀な人材を広い候補者プールから採用するためにも重要である。

@現在,文部省「学術情報センター」によってインターネットでの公募情報提供活動が行われているが,いろいろな研究者層に到達するように,多数の流通経路が存在することが必要である。
A各大学はホームページに教官の公募情報を掲載する。
B学会誌,学会,その他の機会を積極的に利用する。

(2) ポジティブ・アクションの採用
過去において,教員の採用,昇進に際して,女性研究者は後回しにされることが多くあったが,今でも,このような差別的人事がなくなったとは言いがたい。過去20年間にわたる統計資料が示すように,国立大学における女性教員比率の上昇は著しく緩慢であったと言わざるを得ない。このような状況に鑑みると,採用および昇進人事に当たって,男女構成のバランスを考慮したポジティブ・アクションを取り入れ,女性教員の採用,昇進を積極的に推進することが望ましい(ポジティブ・アクションについては(注3),資料C参照)。

(3) 達成目標とタイムテーブルの設定,達成の評価
ポジティブ・アクション実施のために,具体的な達成目標とタイムテーブルを設定することが必要である。将来の研究者の養成機関である博士課程における女性比率は,現在23.6%(国立大学においては21.6%,公立大学23.0%,私立大学29.6%:図J−1)であり,将来さらに上昇すると予測されるので,2010年までに国立大学の女性教員比率を20%に引き上げることを達成目標として設定することが適切であると思われる。

各大学はそれぞれ,学内にポジティブ・アクション担当組織を置き,中期的,長期的目標および具体的取組策の策定の任に当たると共に,年度ごとの達成状況を明らかにする報告書を作成し,学内外に広報する。

(4) 女性教員数・比率の組織評価項目への組み入れ
各大学の組織全体または学内の単位組織の評価(自己評価,外部評価)に当たっては,女性教員比率,過去からの変化,目標達成度,努力の程度等を評価項目として入れるべきである。

5 理工系,その他特に女性の少ない分野への女性の参画の推進

サイエンス・エンジニアリング・テクノロジーの分野は,女性の社会進出の面で先進的な国においても,女性研究者の比率が最も低い分野として残っている。欧米諸国や欧州連合,ユネスコ等の国際機関において,この分野への女性の進出を妨げているさまざまな要因の分析と,女性研究者の増加のための種々の方策が提言されている(注4)。

(1)日本の国立大学では,女性教員比率は,工学系1.3%,理学系2.6%,農学・水産系1.6%という低い水準にある(図J−6)。これらの領域,その他女性教員が特に少ない分野(商船系,医・歯学系等)では,女性候補者を積極的に探し出し,適切なポジティブ・アクションを採用することにより,女性教員増加のための一層の努力を行うことが必要である。

(2)研究の質の審査において,これまで判断の客観性が当然に保障されているとみなされてきた理学や工学分野であっても,性バイアスが入り込み,女性研究者の研究は低い評価を受けやすいことが指摘されている(注5)。採用および昇進のための業績審査において性によるバイアスがないか,常に点検するべきである。

(3)女性が非常に少ない分野には,学部および大学院への女子学生の進学を積極的に奨励する対策を取ることが必要である。

6 非常勤講師の処遇および研究環境の改善

 女性研究者の多くが,本務校をもたない非常勤講師である。平成10年度には,国立大学における女性本務者5,052人に対し,女性兼務者は5,005人となっており,そのうち「教員からの兼務者」が1,618人,「教員以外からの兼務者」は3,387人である。後者の多くが,本務校をもたない非常勤講師であると推定される。女性の「本務者」に対する「教員外兼務者」の比率は,1:0.67というように高い。男性についての該当する比率は,1:0.27であるから,女性研究者の間において非常勤講師の割合は極端に高い(表J−7)。

非常勤講師は,専任の職へのステップとなる場合もあるが,常勤者の代替の低賃金労働力として長年にわたって非常勤講師に据え置かれている例も多い。一般労働市場における不安定就労問題がはやくから取り上げられてきたのに対し,大学における非常勤講師問題はこれまで真剣に取り上げられることが少なかったが,近年,問題点の指摘と改善要求の声が高まっている。

(1)非常勤講師の処遇の改善が必要であることは言うまでもないが,特定校に数年にわたって非常勤講師として勤務し,事実上常勤化している場合,常勤の教員として採用することに一層の努力を向けるべきである。

(2)非常勤講師が専任になる機会の拡大を支援するために,研究環境の改善,教員との交流等を通したネットワークへの参加,研究上有益な情報へのアクセスの拡大のための配慮をする。

(3)非常勤講師が常勤の教員との共同プロジェクトに参加できるよう積極的に配慮する。

7 研究における男女共同参画の推進,女性研究者の研究環境の改善

(1)大学内あるいは複数の大学の連携によって行われる共同プロジェクトの実施に当たっては,女性研究者の参加を積極的に促進し,ポジティブ・アクションを採用して,バランスのとれた性別構成への配慮をするべきである。

(2)研究費の配分,国内外留学の機会と費用配分の面で女性研究者が不利にならないような配慮が必要である。

(3)女性研究者の研究環境の整備改善等の方策や意志決定の場に,女性の参加を推進するため,各大学内の関連組織・ポスト(大学評議員,部局長等)における女性の割合を増加させる。

(4)助手においては,女性比率が国立大学では1998年で13.3%となっており(図J−4参照),教授,助教授等に比べ比較的高い。しかし,男性の場合は助手が専任講師または助教授へのステップとなっている場合が多いのに対し,女性の場合は,助手に長年据え置かれたり,事務・雑用担当とされ,キャリア形成上有意義な期間となっていない場合も多い。若手女性研究者の成長が阻害されることのないよう,勤務内容,プロジェクトへの参加の機会と役割分担,研修の機会,研究発表の機会等の面で配慮が必要である。

(5)諸手当の支給,宿舎入居,その他の処遇の面で,女性教職員に対し不利な扱いをしていないか点検し,差別的な慣行については撤廃しなければならない。

8. 不服申立制度の導入

雇用形態,評価,処遇等,雇用に関連する性的差別を受けた場合の不服申立制度(オンブズパーソン制度)を確立することが適切である。不服を受理し,調査,問題解決に当たる学内機関の設置を検討すべきである。

9 セクシュアル・ハラスメントの防止と問題への対処

(1)職場におけるセクシュアル・ハラスメントの訴えは近年急増しており,大学もその例外ではない。大学におけるセクシュアル・ハラスメントは,雇用上の平等に反し,労働権に対する侵害であると共に,教育を受ける権利,学問する権利の侵害であり,さらに人間としての尊厳・人格を傷つける深刻な人権侵害である。また,大学の社会的責任に著しく違反するものである。大学は,セクシュアル・ハラスメントのこのような著しい有害性を明確に認識し,啓発活動や研修の実施等による未然の防止策と,事件が発生した場合の迅速にして公正な解決を図るための体制整備を行い,セクシュアル・ハラスメントの生じない教育・研究環境を維持するための全学的取組みを推進する必要がある。

(2)セクシュアル・ハラスメントに関する実態調査を定期的に実施することにより,実情を把握する必要がある。大学におけるセクシュアル・ハラスメントは,しばしば,教育・研究指導や論文審査を行う立場にある教員が学生に対し行う,あるいは業績評価,採用や昇進,研究プロジェクトの進行等に大きな影響力を持つ上司である男性教員が後進の女性教員に対し行うというように,非対等の力関係に置かれている男女の間に生じることが多く,弱者の立場に置かれた被害者は,報復や不利益を受けることを恐れて,明確な拒否の意志表示が困難な状況に追い込まれ,またそれゆえ問題の表面化が妨げられる傾向にあることに配慮するべきである(注6)。

(3)セクシュアル・ハラスメントに関して,1999年4月1日から,改正雇用機会均等法第21条,人事院規則10−10,「文部省におけるセクシュアル・ハラスメントの防止等に関する規程」の実施があり,「セクシュアル・ハラスメント防止ガイドライン」を策定する大学が増えている。ガイドラインは,セクシュアル・ハラスメントの定義,相談,紛争処理と救済の組織と手続き,公正さの保障,プライバシーの保障,二次被害の防止,予防措置,啓発活動,研修,その他必要事項について,きめ細かく規定し,実効的な運用を図る必要がある(資料D)。

10 育児環境の整備,介護との両立支援について

国立大学の保育施設設置状況についての電話調査(お茶の水女子大学が1999年12月から2000年3月にかけて実施)によると,保育施設を設置している国立大学は20校である(そのうち認可保育施設があるのは7大学)。これらの保育施設では0歳児から受け入れており,対象(大学教職員に限定か,学生,その他一般にまで開放か),規模(定員13名から100人以上まで),運営の仕方(社会福祉法人による認可保育所,保護者中心の運営委員会による運営等),運営における大学の関与等の面でさまざまである(資料E)。

育児は父母の共同責任であるが,女性がより重い育児負担を負っている場合が多いのが実情であり,研究者としてのキャリア形成期がちょうど出産・育児期と重なることが多いため,不利な立場に置かれていることが多い。

(1)大学は,教職員の保育施設設置のニーズを調査し,ニーズに合った形の保育施設を大学内に設置することが望ましいが,地域との連携を図る等の方策も検討するべきである。

(2)大学院在学中に出産・育児を経験する学生,育児をしながら再入学する社会人も将来的に増加していくと思われるので,支援体制を整備するべきである。

(3)子供を連れて日本で勉学する留学生,研究滞在する海外研究者のニーズへの配慮も必要である。

育児休業,介護休業,その他職業生活と家庭生活との両立のための労働時間の短縮等,一時的な勤務形態の弾力化の必要性についても調査検討すべきである。ただし,それが研究者に不利な処遇をもたらすようなものとなってはならない。

11 研究遂行における通称(ないしは旧姓)の使用について

日本では婚姻および離婚によって戸籍上の姓の変更が生じうるが,男性研究者が姓を継続するのに対し,女性研究者は姓を変更することが多い。

名古屋工業大学による「婚姻に伴い姓を変えた職員(教員)の調査結果」(平成10年10月調査,調査対象:国立大学・国立短期大学)によると,旧姓使用を認めている大学(部分的に認めている大学も含む)は45校に達し,認めていない大学15校を大きく上回っている。しかし,基準を定めている大学は5校と少なく,事実上問題が生じたときに対処しているのが実情であることを示している(資料F)。

姓の変更が研究キャリアの面で不利とならないように,研究者本人が通称継続を希望する場合は,大学として通称使用を認めるよう基準を明文化することが望ましい。

12 そ の 他

科学研究における男女共同参画を推進するために,科学研究に関する諸制度および研究環境の整備等を積極的に支援する。

(1)科学研究者に関する諸制度,研究環境の整備等の方策や意志決定の場に,女性の参加を促進するため,下記の諸機関における女性の割合を増加することを目的に,達成目標とタイムテーブルを明示したポジティブ・アクションを採用することが望ましい。
@日本学術会議会員(現在,会員210名中,女性は2名,0.95%にすぎない。国際的に見ると,極端に低い。)(資料G)
A各種審議会(現在19.8%となっており,20%の目標をほぼ達成しているが,引き続きの上昇を促進する。)
B各学会における役員
Cその他の関連組織

(2)科学研究費補助金などの審査員に女性を増やすことが望ましい。スウェーデンでの研究は,研究助成金の配分について,女性研究者の研究業績,研究プランは,低く評価される傾向にあることを示している(注4,注5参照)。科学研究費補助金などの審査員に女性を増やすことによって,研究助成金の配分の公正化を図ることが望ましい。

(3)非常勤講師が研究代表者となって文部省科学研究費補助金などに申請できる資格を認める等,国の研究支援制度の整備について関係機関で議論,検討することが望まれる。

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