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第77号

2026年3月

広報誌「国立大学」 第77号
学びは終わらないー大学と共に歩むリカレントの道ー

LEADER’S MESSAGE

地域創生の人材ネットワークづくりを人と社会を学ぶリカレント教育から

地域創生の人材ネットワークづくりを人と社会を学ぶリカレント教育から

北海道国立大学機構理事長

長谷山彰

北海道国立大学機構教育イノベーションセンター(ICE)センター長/小樽商科大学副学長

江頭進

技術革新や産業構造の変化に対応する手段として、リカレント教育やリスキリングを重視する動きが社会的に広まっています。北海道内の企業や自治体が期待する人材育成の要望に応えようと、独自のコンセプトによる社会人向けリカレント教育プログラムを展開しているのが、北海道国立大学機構です。小樽商科大学(商学)、帯広畜産大学(農学)、北見工業大学(工学)の経営統合により2022年に発足した同機構。地域課題の解決に向けた国立大学による人材育成の取り組みと、今後の展望などについて、長谷山彰理事長をはじめとする3氏に話をうかがいました。

誰もが高等教育に触れられる環境を
ユニバーサル・ユニバーシティ構想

―北海道国立大学機構(以下、機構)が設立された背景をお聞かせください。

長谷山 地方の国立大学には、地域の発展に貢献する役割があります。小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学は、それぞれ商学、農畜産学、工学の分野で特色ある教育研究を行ってきています。それぞれが単科大学ですが、個々の強みを活かし、国立大学としてどう地域に貢献できるかを考え、構想されたのが3大学の法人統合です。

―3大学の専門分野が異なっているところが、統合の大きなポイントのひとつなのですね。

長谷山 機構の使命は、3大学による文理融合・分野横断的な新しい教育研究の開発と実践を通して「実学の知の拠点」として機能することです。その中核となるのが、江頭先生がセンター長を務める教育イノベーションセンター(Innovation Center for Education:ICE)。リカレント教育も3大学融合で進めていくのですが、小樽商科大学が進めてきた「ユニバーサル・ユニバーシティ構想」がその柱となります。これは、北海道の大学進学率が他地域より低いことから、2030年までに高等教育に触れられない道民をゼロにすることを目標にした取り組みです。長谷山

―機構のリカレント教育事業は、文部科学省の補助事業に採択されたそうですが(※1)、その概要を教えてください。

長谷山 3つの枠組みがあります。ひとつは「北海道リカレント教育プラットフォーム」の構築。大学と企業、経済団体、自治体、金融機関などの情報共有による広域なネットワークづくりで、これには北海道大学も加わります。次に「教育プログラムの開発と提供」。そして「リスキリング教育研究会」の開設。これは企業や団体の人材教育担当者が集い、それぞれの課題やリカレント教育の在り方などを議論する場づくりです。

北海道国立大学機構 長谷山彰理事長

現況調査で浮かびあがった
社員教育に悩む中小企業の姿

―リカレント・リスキリング教育に特に着目されたのは、どういう理由からですか。

江頭 北海道の人材事情には大きく2つの問題があります。ひとつは急速な人口減少によるものです。北海道の人口減少は全国に先駆けて始まり、昨年末には総人口が500万人を切りました。しかも、道内人口はその約半分が札幌圏に集中していますから、極端な言い方をすれば札幌以外は人がまばらという状況で、求める人材を確保できない地域が多いのです。もうひとつの問題は、広大な面積の北海道に、産業が分散しているので、地域の人材育成といっても、そもそも学び直しの機会に乏しいわけです。これを克服する社会システムをどうつくるかも大きな課題です。

長谷山 機構が開いたシンポジウムのアンケートで「機構に何を期待するか」という問いに対し、道内企業の方の回答で意外に多かったのが人材育成でした。

江頭 小樽市の人口減少は著しく、市と大学でその分析をしたのですが(※2)、そこでも重要とされたのが、個々人の能力・生産性を上げるための人材育成だったのです。

―広い北海道で広域的にリカレント教育を進めるには、多様なステークホルダーとの連携が必須なのはよく理解できます。一方で「リスキリング教育研究会」の存在も目を引きます。

江頭 機構では以前に、道内各地域のリカレント・リスキリング教育の現況調査を行いました。それで明らかになったのは、小企業のリカレント・リスキリング教育の担当者が1名か2名程度で、多くは1人職場になることでした。その教育内容も、コンプライアンスやセキュリティなど防衛的なものが多く、例えばAIの活用や先進のマーケティング、データサイエンスなど、いわゆる攻めの事業につながる学習はほとんどされていません。そこで、現場で孤軍奮闘する人事担当者のための交流・学習の場として立ち上げたのが「リスキリング教育研究会」です。

北海道国立大学機構教育イノベーションセンターセンター長/小樽商科大学 江頭進副学長

最新技術と人間の調和から考えた
リベラルアーツのプログラム

―リカレント教育プログラムの内容についてうかがいます。大きな区分として「経営者向けプログラム」と「地域ニーズ・業界対応プログラム」がありますね。

江頭 3大学や北海道大学がすでに実施しているプログラムも含まれていますが、機構独自といえるのは「EMBAプログラム”Humanior(フマーニオール)”」だと思います。基本的にはエグゼクティブ、すなわち経営者・管理職層が対象のコースですが、経営者に求められる「課題設定能力、社会性、人間性」にあえて焦点を当てた内容になっています。

―昨年度の講義タイトルを見ると「刑務所から社会を考える」「『女性特有の健康問題』と社会を考える」「宗教から自分と世界を問い直す」など、一風変わっていますね。

江頭 一般的なEMBAコースでは、経営、会計、マネジメント、マーケティング、最近ならばデータサイエンス、AIといったテーマが中心ですね。しかし、テクノロジーが先行しがちな今の社会だからこそ、公共性や社会性、人間性など人が本来持つべき素養に目を向けてほしいと私たちは考えました。

―社会性や人間性を重視したことには、北海道が置かれた事情と何か関係するところがあるのですか。

江頭 北海道は都市間距離が離れているせいもあって、特に中小企業では経営者同士のつながりが希薄です。個々の経営者の能力が上がったとしても、ばらばらの状態で個々の企業が自分たちの利益のみを優先する活動をしていると、人的ネットワークができないばかりではなく、地域社会の崩壊を加速させるおそれがあるという問題意識がありました。企業の営利追求は大切ですが、それを近視眼的にではなく、社会における企業、経営活動の意義を広い視野でとらえてほしい。EMBAプログラムにはそういう思いがあります。

長谷山 技術革新が急速に進む今日では、DXやAIなど最新テクノロジーの活用に目が向きがちです。一方で、テクノロジーが人間社会の脅威になるという見方もあります。テクノロジーと人間がどう調和するのかということも考えなければなりません。これからの人材教育では、そういう視点も必要になるでしょう。しかし、それに営利事業を行う企業が取り組むのはなかなか難しい。そういうリベラルアーツを基礎としたリカレント教育こそ大学が担うべきではないかと思います。

帯広畜産大学の構内にある、北海道国立大学機構本部棟

企業が自前ではできないプログラム
異業種同士で考える答えのない問い

―田中さんは機構のEMBA受講者ですが、初めにプログラムを見てどう思いましたか。

田中 紹介されて、すごくおもしろそうだと率直に思いました。一方、帯広信用金庫としても、リーダー層や上位職位層の育成、教育に課題があったので、それを解決するためのひとつの道になるのではないかという期待感もありました。

―その課題とはどのようなものですか。

田中 金融機関でも、今日ではリーダー像が変わってきています。例えば支店長の場合、以前は支店長としての仕事をどれだけしっかりやれるかで評価されるという感じでした。しかし、従来と同じやり方では解決できない課題が次々と出てくるようになりました。例えば、地域の今後をどうしていくのかといった答え、従来にない方向性を示す能力がリーダーに求められるようになってきています。

―そうなると地域の方々との調整力、それに創造性などもリーダーには必要になりますね。

田中 それを思うと、機構のEMBAのような教養の学びが、見識・スキルを高めるために大切でも、自社でプログラムを組んでやるのはかなりハードルが高い。どうしたものかと思うところがありましたから、まずはリカレント教育を推進する立場の自分が受けようと手を挙げました。

―実際に受講してみての感想はいかがですか。

田中 人文科学、デザイン思考、歴史文化など多彩な科目が体系的に組み込まれているのが特徴的だと思いました。自己理解を深めるワークも多かったし、一般的なリーダー研修とは違う魅力を感じました。それから、一緒に受講する方が異業種で、その方々と答えのない問いについて議論できたことが深く印象に残っています。「越境」を前提とした学び、これは日々の業務のなかでは絶対に得られない貴重な時間だと思って受講していました。

帯広信用金庫総務部人材サポート室副部長兼室長 田中寛之氏

リカレント教育を足がかりに
地域・企業・産業間の連携へ

―EMBAコースを実施しての手応えと、今後の展望をお聞かせください。

江頭 受講者の評価は高いと感じました。プログラムのさらなる充実と、効率的な運営を考えたいですね。取り扱う分野ももう少し広げようかとも思っています。今回は7月から10月の約3カ月間で17回の講義とフィールドワークを実施しましたが、回数や期間なども改めて検討したい。それと、オンラインに加えてオンデマンド配信をしていくことも課題です。

―田中さん、受講した皆さんとの終了後のつながりはできましたか。

田中 SNSのグループをつくり今もつながっています。

江頭 今は、学んだことをそれぞれが自分なりに咀嚼して、日々の活動に反映してもらおうということですが、1年か2年か間を空けて集まってもらい、情報交換やディスカッションをすると、まさにリカレント、循環の学び直しになりますね。そういう場も提供し、異業種同士の出会いをネットワーク化していく仕組みづくりにも取り組みたいと思います。

長谷山 機構のリカレント教育を受けた方から、企業間、産業間のつながりができていくことが、「大学のない街に大学を」という全道的なユニバーサル・ユニバーシティの土壌づくりになると考えています。

受講者たちから輪が広がり、「大学のない街に大学を」

―― 最後に国立大学協会、あるいは他の国立大学へのメッセージがあればお聞かせください。

長谷山 地方の国立大学がその地域の人材育成に協力する。これは重要な使命です。実際に、各大学がそれぞれにがんばっているでしょうし、これからは地域の公立私立大学との連携も進むと思います。それらの実績や知見を共有する機会づくりを、この場を借りて国立大学協会に要望いたします。


※1:令和6年度「リカレント教育エコシステム構築支援事業」メニュー①産学官連携を通じたリカレント教育プラットフォーム構築支援事業。事業テーマ「次世代経営人材・地域活性化人材育成のための北海道リカレント教育エコシステム構築事業」
※2:『人口半減社会と戦う:小樽からの挑戦』(白水社)2019年 小樽市人口減少問題研究会

長谷山彰 (はせやまあきら)

北海道国立大学機構理事長。1952年生まれ。1975年、慶應義塾大学法学部、1979年、同大学文学部を卒業。1984年、同大学大学院文学研究科史学専攻博士課程修了。慶應義塾大学文学部教授、同大学文学部長、慶應義塾常任理事を歴任し、2017年に慶應義塾長就任。2022年より現職。

長谷山彰 (はせやまあきら)

江頭進 (えがしらすすむ)

2022年より北海道国立大学機構副理事、同機構教育イノベーションセンター(ICE)センター長。1966年生まれ。1991年、滋賀大学経済学部卒業。1996年、京都大学大学院経済学研究科にて博士課程修了。2007年、小樽商科大学商学部教授。2016年より同大学総務・財務担当副学長、大学院研究科長、図書館長を兼務。

江頭進 (えがしらすすむ)

田中寛之(たなかひろゆき)

帯広信用金庫総務部人財サポート室、副部長兼室長。職員の育成も担当。2025年度、北海道国立大学機構によるEMBAプログラム”Humanior”を受講。帯広信金は、3大学とステークホルダーをつなぎ地域課題の解決を目指す北海道国立大学機構の「産学官金連携統合情報センター(IIC)」支援団体のひとつ。

田中寛之(たなかひろゆき)

※本記事に掲載している情報は、2026年3月時点のものです。

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