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第78号

2026年7月

広報誌「国立大学」 第78号
いま広がる、博士人材の活躍

LEADER’S MESSAGE

博士号取得者の社会での活躍を広げる産学連携による大学院教育

博士号取得者の社会での活躍を広げる産学連携による大学院教育

熊本大学長

小川久雄

鹿児島大学長

井戸章雄

人材育成の高度化と、研究力強化を主軸とする国立大学の大学院改革。その施策のひとつが産学連携による人材育成です。このほど鹿児島大学と熊本大学は、医薬品開発の受託事業で世界的に知られる株式会社新日本科学と「連携大学院」を設置する協力協定を結びました。その背景と連携への期待を、地方大学が直面する課題とも併せてうかがいました。

宇宙科学研究も展開する鹿児島大学
半導体分野で活気づく熊本大学

―はじめに、両大学の紹介もかねて、大学院の特色を教えてください。

井戸 鹿児島県は農業・水産・畜産が盛んで、それらに関係する学部・研究科がそろっているのが本学の特色です。また、離島や火山が多い県なので、離島特有の伝統文化に新たな価値を見出す研究や防災・減災の研究にも力を入れています。それから、種子島と内之浦の2か所にロケット発射場がある関係で、ハイブリッドロケットの研究開発も展開中です。地方大学ですので、そのような地域に根差した課題解決型の研究が主体となっています。

鹿児島大学長 井戸章雄

小川 熊本県は今、TSMC(※1)をはじめとする大手半導体企業と、その関連企業が進出してきたことから、産業構造が大きく変化しようとしています。これを受けて本学では、工学部に半導体デバイス工学課程を、大学院自然科学教育部に半導体・情報数理専攻を新設しました。半導体デバイス工学課程は、半導体分野に関心のある学生が全国から多く来るようになり、2026年度入学において、新入生の4分の1、3年次編入学生の3分の1は九州以外からの学生です。本学を成長させる好機だととらえています。

熊本大学長 小川久雄

大学院への進学率の低迷
研究施設の共用化などが課題

―一方、現在の大学院教育に、どのような課題があるとお考えでしょうか。

井戸 これは多くの地方大学に共通すると思いますが、学部生の大学院への進学率が低いという課題があります。理系学部は多くの学生が修士課程に進学しますが、文系学部からの進学者が少ないことに課題があります。4年で卒業するほうが就職に有利だという意識が、学生の間に定着しているようです。さらに、博士課程については、博士号の価値が学生にも、就職先となる企業・自治体にも、よく理解されていないのが実情のようです。

小川 本学も事情は同じです。先ほど、半導体企業の進出が大学の活性化にもつながっていると言いましたが、半導体関連企業でも、就職者のボリュームゾーンは修士です。博士課程の学生を増やすための施策として社会人の受け入れに取り組んでいますが、こちらは少しずつ効果が出てきています。

―地方大学では、研究施設の更新がなかなかできないという話もよく聞きますが、この点はどうですか。

小川 これも半導体企業の誘致による恩恵ですが、本学では国の支援も受けて、半導体分野の企業や大学との共同研究拠点である研究棟と学生が学ぶ教育棟の2棟を昨年開設しました。しかし、そのような大きな支援がなければ、研究施設・設備の更新はなかなか難しいですね。

井戸 大学間で連携しながら、先進的な研究施設や機器を共用していくというやり方はあると思います。

小川 それについては本学に先行例があります。世界でトップレベルの発生医学研究所と、生命科学系の研究拠点であるIRCMS(国際先端医学研究機構)等に整備されたコアファシリティーを活用することで、研究者は、着任したその日から研究・実験ができるので、そのぶん早く成果を得られます。この研究設備・機器の共用化を今、全学に広げようとしています。

井戸 本学の場合は、農学部や水産学部の附属施設が県内複数箇所にありますし、自治体と連携した畜産・獣医学拠点も開設しています。それらを全学、あるいは他大学と共同利用化していこうとしています。これから施設・設備の共用化は、大切な施策となります。

民間研究施設での修士・博士育成と
社会人の大学院入学に期待

―少し前置きが長くなってしまいましたが、今回の新日本科学との産学連携は、どういういきさつで始まったのですか。

井戸 昨年、当時の文部科学大臣と新日本科学関係者にお目にかかったときに出た話が発端です。両者で連携講座をつくれないかということになりました。本学には獣医学部はありますが、薬学部がないので、小川学長にも加わっていただいて協議を重ね、連携が実現しました。

―新日本科学は鹿児島に本社を置き、主に医薬品開発の受託事業を行っている企業ですね。

井戸 ヒトに近い霊長類など実験動物を使用する非臨床試験を国内外の製薬企業から受託しています。主な連携事項は、両大学の大学院生に対する研究指導、両大学の学部生・大学院生が新日本科学で行う研究の指導、三者間のインターンシップと共同研究です。基礎研究から産業応用まで幅広い視野を持つ、より実践的な博士人材の育成を目的としています。つまり、産業界のニーズにも応えられる博士人材の育成です。まずは大学院での連携講座からスタートしますが、いずれは新日本科学の研究施設を利用して学生が研究することも想定しています。

小川 この話をいただいて、即座に「乗ります」と答えました。というのも、私が国立循環器病研究センター在任時(2011~21年)の2012年に本学との連携講座を設けた経験があるからです。この講座では、同センターから博士号取得者を38名輩出しております。学び直したい、研究したいという研究員が実はたくさんいるのだとわかりました。

井戸 その研究員たちは、離職して大学院に入り直すのではなく、センターに在籍したまま大学院に通うのですね。

小川 そうです。本学大学院医学教育部では、国立国際医療センターや国立感染症研究所、国立がん研究センターなどとも連携講座を設置しており、同じようなかたちで大学院に入学した人がいました。このやり方なら博士号取得者が増えますし、大学院の研究レベルも上がります。今回は、その企業版ですから、これは良い話をいただいたと思ったわけです。

井戸 学生側からすると、研究の力量を認められて新日本科学に入社する可能性もありますし、即戦力として社会に通用する素養も身につきます。これは産学双方にとってのメリットですから、そこは大いに期待したいところです。

「博士人材育成に関する協力協定」調印式
左から、小川学長、長利京美新日本科学専務取締役、井戸学長

教員の循環が乏しい日本の大学
産学連携が循環をうながす一矢に

―今回の連携講座では、大手企業の開発部門にいる博士号取得者を教員として大学院に招くかたちになりますね。

小川 そうですね、良い影響を与えると思います。私は常々言いますが、日本の大学の欠点は教員の循環が乏しいことです。今、本学のキャンパスには、半導体分野での研究協力や人材育成を目的に、東北大学や東京大学の分室を設けており、授業も担当していただいています。大学間でそうした教員の行き来があれば、全国に高水準の教育を行き渡らせることができるのですが、その循環が今はあまりないのです。

井戸 今回の連携講座の場合は、その教員の循環に企業の研究員が加わるわけです。ひと昔前までは、大学の研究は学術的、企業の研究は利益に結びつくものと言われました。しかし、もうそういう時代でない。互いの知的資源が合わさることで、社会に求められる研究者、博士とはどういう人材なのかが、大学教員にも学生にも具体的に理解できるようになると思います。これは大学にとって、大きなメリットです。

小川 本学は、TSMCとも連携協定を結びましたが、共同研究相手先に求めるレベルは厳しいですよ。同社は、論文引用率Top1%(※2)の研究者を目安としており、高いレベルを求めています。当然、TSMC側も共同研究は論文引用率Top1%の研究員が担当します。

井戸 それはすごいですね。

小川 そのレベルで共同研究を進めようとすれば、否が応でも大学の研究レベルは引き上げられるはずです。

博士育成に望まれる企業の助力
国立大学総体として連携の仕組みづくりを

―今回の産学連携の将来をどう見ていますか。

井戸 先ほど小川学長が言われたように、連携先の修士号を持つ研究員が大学院に入ることを想定すると、ひとつのモデルケースができるのではないでしょうか。企業から大学院へ、あるいは学生が企業に就職すると同時に大学院に入学するといった仕組みもできるかもしれません。

小川 そのほかにも、大学院に入って研究を続けながら、企業に就職するというかたちもあり得ます。

井戸 博士課程に進まない理由として、学費の問題がありますので、それが実現すれば、働いて収入を得ながら大学院で博士課程の研究を続けられます。

―本誌前号(77号)の「OPINION」で取り上げたのですが、通信大手の富士通がその制度を運用しています。

小川 博士課程の大学院生を、大学が経済面で支援するのは難しい。企業の協力なしにはできませんから、そのような仕組みが広がっていくといいですね。

井戸 新日本科学との取り組みが、その呼び水になるといいですね。企業が連携大学院を通して良い人材を採用できたとなると、互いにWin-Winの関係になりますし、その成果を双方で外部に発信していけば、ほかでもやりたいという企業が出てくると思います。

―最後に、大学院改革について国立大学へ向けたメッセージがあればお聞かせください。

小川 企業にとって博士人材が有用だということを示す取り組みが、各国立大学に必要ですね。加えて、先にも述べた大学教員の循環が重要です。国立大学全体の協働による教育指導体制の確立が、研究力を引き上げるうえでの重要課題だと思います。

井戸 小川学長が言われる教員の循環は、特に地方大学にとっては喫緊の課題と言えます。大学間の横の連携と人的循環、企業などとの縦の連携と人的循環。その橋渡しをする仕組みを、国立大学全体として構築する必要があると思います。

※1 TSMC:世界最大規模の半導体受託製造企業。同社の子会社、JASMが熊本県で2024年より生産開始。
※2 論文引用率Top1%:他の研究者に引用された回数が、年間で世界の上位1%に入る論文。研究の卓抜さや注目度を示す指標。

井戸章雄(いどあきお)

鹿児島大学学長。医学博士。1960年生まれ。1984年、長崎大学医学部卒業。カルガリー大学医学部研究員、宮崎医科大学医学部勤務、京都大学医学部附属病院の助教授職を経て、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科に着任。2014年、同大学大学院教授。同大学附属病院長補佐、同大学大学院医歯学総合研究科の研究科長を兼任後、2023年に同大学の理事・副学長に就任。2025年より現職。

井戸章雄(いどあきお)

小川久雄(おがわひさお)

熊本大学学長。医学博士。 1953年生まれ。1978年、熊本大学医学部卒業後、1991年まで同大学附属病院に医員、助手、講師として勤務。その間、天草中央病院、国立循環器病センターのレジデント、八代総合病院で勤める。2000年、熊本大学医学部教授。2012年に同大学大学院生命科学研究部循環器内科学教授。2015年より国立循環器病研究センター副院長、理事長を務めたのち、2021年より現職。

小川久雄(おがわひさお)


※本記事に掲載している情報は、2026年7月時点のものです。

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