63号 LEADER’S MESSAGE 特集【みんなで支えるキャンパスライフ】

学生・教職員一体の「Team 東工大」がみんなで支えるキャンパスライフを実践

東京工業大学(以下、東工大)では、教育改善や施設建設 · 整備、学内サービス向上といった大学の事業に学生の声を取り入れることを目的とした全学的アンケート調査「学勢調査」を 2005年から 2 年に 1 度実施している。
調査内容の検討から設問作成、回答の集計 · 分析などを公募に応じた学生スタッフの主導で実施。
さらに、調査結果に基づいて提言書を作成し、学長に提出する。学生からの意見や提言、アンケート結果は大学にフィードバックされ、それらを基に、これまで多くの改善が行われてきた。
「Team 東工大」の名のもとに大学関係者が協働するこのユニークな取組をめぐり、キャンパスライフをより良いものにしていくために何ができるのか、益学長と学生、学生支援に携わる教職員にそれぞれの立場から語り合っていただいた。その対話の中に益学長からの Leader’s Message が込められている。

学生主導でより良い大学づくり

――「学勢調査」は学生が主体的に運営しているとのことですが、それぞれの立場でどのような活動を行っているのでしょうか?

吉田:私たち学生スタッフが、アンケートの設問作成、調査の実施、結果の集計を行い、それを提言書にまとめて学長に提出するという一連の活動を進めています。
益学長:大学としては学生からの提言を受けて実現できるか否かを検討のうえ、できる限り対応するように努めています。もちろん費用や時間がかかるものもあるのですべてに応えられるわけではありませんが、できない場合はその理由を学生に明示しています。
山田:私は学生支援センターに所属しており、学生側の立場で関わっています。大学に要望を実現してもらうための提言書作成にあたり、アドバイスを行ったり、「どんどん意見や要望をぶつけていこうよ」と学生たちの背中を押したりしています。
堀田:私が所属する学生支援課は基本的に裏方として事務的なことや他部局との連携など学生のサポートを行っています。学生主体の活動なので、学生の意見や考えを第一にするように心掛けています。

――アンケートの設問を作成する際に大学の意見や要望は取り入れないのですか?

伊藤:あくまで学生が聞きたいことだけです。ミーティングには学勢調査 WG(ワーキング・グループ)の先生に参加していただいて「教職員の方はどう思っているのか」をヒアリングし、「これは設問にする価値があるかどうか」といった判断を行うための参考にはしています。
吉田:事務局の各部署と話すことも非常に重要で、「キャンパスミーティング」という各部局との対談は行っています。学生から見れば事務の方々がどんな事情で動いているかが全然わからないので、意見のすり合わせを行っているのです。
益学長:大学が口を出してしまうと、東工大の学生は真面目にそれを受け止めるから引きずられるかもしれないので、そこは大事かもしれないね。基本はそれで良いけれど、一つだけ入れてほしいのは女子学生がどう思っているかという視点。東工大は今「目指せ!女子学生 30%」なので。今後入学してくる高校生のためにも女子の在学生が何を考えているかはぜひ調査してほしい。そして留学生。多様性を実現するために何が必要かを検討して、いろいろな視点を入れてもらえると有り難いですが、最終的な判断は学生の皆さんにお任せします。
吉田:学生スタッフには女子も留学生もいます。自分たちの視点から何を聞いたら良いか、もっと話してもらうのが良いかもしれないですね。

※写真撮影時のみマスクをはずしています。

写真左から
堀田 裕介      伊藤 龍寿         益 一哉
東京工業大学     東京工業大学        東京工業大学学長
学生支援課      学勢調査スタッフ
支援企画グループ   物質理工学院 材料系
事務職員       学士課程4年

吉田 拓暉      山田 恵美子
東京工業大学     東京工業大学
学勢調査スタッフ   学生支援センター
理学院 物理学系   未来人材育成部門
学士課程4年        特任准教授

回答者数の増加に見えたコロナ禍での学生の想い

――前回の「学勢調査2018」は“Beforeコロナ”での実施でしたが、 “Withコロナ”の「学勢調査2020」では何かしら変化がありましたか?

吉田:「学勢調査 2020」は、「学勢調査 2018」よりも回答者数が増えました。
山田:実は「学勢調査 2020」の回答者数は過去最高でした。オンラインで授業を受けているだけでは自分が考えていることを大学に伝えにくい、だけど何かしら言いたいという想いが回答としてたくさん表れたのだと思っています。同時に、学生の意見や考えを大学に届ける場があることの大切さを改めて強く感じました。
伊藤:学生の生活習慣が変わったことも大きかったと思います。
吉田:それはデータにも表れていて、通学がない分、睡眠時間や学習時間が伸びています。そのわりにアルバイトの時間は減っていません。そこは必要な時間なのだとデータが示しているのは面白いと思いました。
堀田:学生支援課の立場でわかるのは、キャンパス内で起こり得る様々なトラブルは減っていますが、逆にオンラインならではのトラブルが結構発生しているという点です。また、講義室で授業を受ければ隣の学生に「ここはどうなの?」とその場で質問して解決できることがオンラインでは難しいので、ものすごく細かな相談が寄せられてきます。「PDF はどうやって作成すれば良いのですか?」といった相談まで。そうしたことは「学勢調査 2020」の回答にも垣間見られます。
益学長:むしろそうした状況は大学の執行部は把握しにくい部分かも。
伊藤:学士課程 1 年目の学生はまったく登校できていない状況での調査だったので、今回は「新型コロナウィルス(COVID-19)の流行に対する大学の対応や、現在の状況について意見があれば自由に記述してください」といった新しい設問も入れました。
益学長:その話を聞いて思い出したのは、「学勢調査2018」の提言では学会発表やインフルエンザ等の感染症にかかって医師の診断書がある時は公欠で良いのではといった制度に関する提言があったと思うけれど、「学勢調査 2020」では、制度に関することではなく、サークルの施設利用予約をオンラインで行えるようにしてほしいといった、システムに関する提言が目立っていたことが印象的だった。学生がキャンパスに来ていたら設備の不備についての意見や要望を反映した提言がもっと出ていたはず。ある意味、コロナ禍で失ったものは山ほどあるけれど、失ったものが何かがわかっていないのが一番怖いところです。今の1、2 年目の学生がこの 2 年間にキャンパスでできなかったことが 2 年後、3 年後にどのように現れてくるのかまったく見えない。ただし、失ったものをどのようにして明らかにしていくかがすごく大事だとは私は思っています。これが次の「学勢調査」の結果にどう出てくるのか本当に気になっています。

――「学勢調査2020」の調査で苦労したことはありますか?

吉田:「学勢調査」の弱みでもありますが、調査結果を提言として提出するには時間もかかるので、コロナ禍の動向が先読みできない中、何を提言するかといった選択に苦慮しました。そこで例えば「部活をやらせてほしい」といった的を絞った具体的なものよりも、できるだけ適用範囲が広範になるような提言とすることを意識しました。
益学長:調査を行った 2020 年の夏はすでにコロナ禍が始まっていて、あなた方も 4 月から大学に全然来られなかった時期だし活動しにくかったのでは?
吉田:そうですね。4 月以降に新型コロナウイルス感染症が拡大した時は、2020 年 6 月末からの調査開始に向けて、「設問を少し変えなければ」と、大急ぎでオンラインミーティングを行いました。
伊藤:その後の提言作成まで、すべてオンラインのやりとりだけで進めました。
益学長:学生から大学への提言書の提出は 2021 年 3 月末に対面で行ったけれど、それまでずっとオンラインで?
伊藤:はい。ですから、その時に学生スタッフ同士「はじめまして」と言い合っていましたね(笑)。
吉田:「学勢調査 2020」に関して言えば、設問の内容にも配慮し、一般的なものだけでなく、時勢を反映させた少し特殊なものも入れるように意識しました。研究室に来ているか全然来ていないか、来ている場合の登校頻度、学院ごとにどのような意見があるのかなどを細分化してまとめていったのです。今までならそこまで細かなことを提言しても仕方ないという気持ちがありましたが、状況が状況だけにあえて入れてみるのも良いのではないかと思ったのです。
伊藤:さらに提言として拾いきれなかったものを「意見まとめ」という形で出したことも今回の大きな特徴です。それについては学生からかなり反響がありました。
山田:調査実施の回数を重ねるごとに調査内容や提言書作成方法等がブラッシュアップされていて、特に今回は良い形で結果をまとめてくれたと私も感じています。

大学の教育研究評議会で学生自ら提言の内容を説明

――「学勢調査2020」の提言内容で学長が印象に残っている意見や要望はありますか?

益学長:2022 年 4 月に教務 Web システムを刷新するのだけれど、調査の時点ではちょうど移行時期だったので、現システムの使いにくさを学生に突かれてしまったことです。移行時期であることが学生に伝わっていなかったのは大学側の発信力の弱さであり、反省しなければいけないと思っています。また、コロナ禍とは直接関係ないけれど「学勢調査 2018」から、大学の教育研究評議会で学生に提言の内容を説明してもらうようにしました。そうすることで先生方に「もっとしっかり考えよう」という意識が生まれ、すぐできることは実行に移しやすくなります。「学勢調査 2020」でも引き続き学生に説明をお願いしたね。
吉田:今回は私たちが説明させていただきました。
益学長:また、「学勢調査 2018」では公欠制度や講義スケジュールのクォーター制についての意見などが印象的でしたが、2020年は学生が大学に来ていないため、先ほど話が出たように大学の制度や施設に関することよりもオンライン関係の意見が多くを占めました。その中で、昨年は附属図書館に学生が来られないから本の貸出を郵送で行ったところ、それはかなり好評で本の回収率も高く、東工大の学生は真面目だと思いました。そうした取組を継続してほしいという要望が印象的でした。「学勢調査 2018」の提言では留学生から「ハラルメニュー(イスラムの教えに則った食品)を提供してほしい」という要望があったけれど、そういう食堂のメニューに関することも「学勢調査 2020」ではなかったですね。

――「学勢調査」の進め方などについては何か感じることはありますか?

益学長:東工大は学生が約 1 万人いて、学士課程はその半分くらい、あとは修士課程が約 4,100 人、博士課程が約 1,500 人。 18 歳から 20 代半ばまで非常に幅広い年齢層が混在していて、それぞれの状況や考え方も違うし、研究室に対する評価も研究分野によって違うから、それらをうまく取り込んでもらえればとは思っています。また、話は変わりますが東工大が何を目指しているかを明示する「統合報告書」というものを作り、そこには「学勢調査」のことも掲載しています。冊子や Web で公開するだけでなく、教職員、学生 · 保護者、産業界や卒業生のそれぞれに向けた説明会の開催を計画しているので、「学勢調査」のパートは学生に説明してもらうと良いかもしれないですね。
伊藤:ぜひお願いしたいです。

「Team 東工大」でキャンパスライフを支える

――「学勢調査2020」の提言を受けて大学が行った取組を教えてください。

益学長:オンライン化に関することで実現できるものは一通りやりました。ただし、次に考えなければいけないのは、学生に見えているオンライン化の先にある大学全体の DX です。学生の提言はDX をより推進させることの後押しにはなっています。また私の立場から言えば、こうした「学勢調査」による提言も意義があるけれど、もっと学生のパワーを活用したいと思っています。本学では学生支援センターの TA や図書館サポーターなどとして学生に働いてもらっているけれど、DX 推進でも学生のパワーをもっと活用しても良いのではないかと。「学勢調査」から感じているのは、東工大の学生はやはり優秀なのでその能力を大学の運営に活用しない手はないということです。
伊藤:学生側からも「もっと積極的に大学の運営に関わらせてほしい」という意見も聞きます。
益学長:欧米の大学では大学院生が図書館や体育館の正式なスタッフになっているケースもあります。提言の中にも「附属図書館を遅くまで開館してほしい」「土日も使わせてほしい」といった要望がありました。「みんなよく勉強するな」と感心しますが、それを実現する体制づくりにもある程度キャリアを積んだ学生なら十分に協力してもらえると思っています。せっかく学内には優秀な人材が揃っているのだからもっと活かさないと。
伊藤:自分でアプリを開発している情報系の学生などもいるので、より学びやすい場、過ごしやすい場にするためにそうした能力を大学に還元するということは歓迎です。
吉田:学生側も経験を積めるのでメリットはあると思います。
堀田:そのように学生が大学の運営に関わる機会を、今後社会に出た際に役に立つことを学ぶための授業として取り入れるということもありかもしれません。
益学長:また、アメリカの大学では評議会のメンバーに学生を入れるという話が出ているようですが、日本の大学でもそれが当たり前になれば大学の運営に学生がコミットする第一歩になるのではないかと私は考えています。

――学生のキャンパスライフを学内の全員で支えるという視点で考えた場合、それぞれの立場から自分の役割をどのように考えますか?

吉田:調査を行って自分たちの想いを「伝える」のはすごく大事なことで、学生と大学の距離も縮めます。その取組をリードする役割を私たちが担えたらと思います。
伊藤:あとはこの活動を絶やさないために次の人たちへ確実に引継ぎを行うことです。
堀田:事務職員は執行部・教員と学生との間に入り、双方をうまくつなげることが使命です。普段、学生の要望は窓口に来る学生が話すことから読み取るか、学生支援課に協力してくれている一部の学生にヒアリングするしかありません。だから、多くの学生、一人ひとりが本当に思っていることを吸い上げる「学勢調査」は有り難い取組です。また調査結果から「学生はこういうことを要望しています」と具体的なことを提示できるので、執行部も改善の必要性を判断しやすいと思います。
益学長:教員側は学生の声を、学生の方が思う以上に真剣に受け止めます。「そんなことは無理だ」と思わず、そうした意見があるという事実を受け入れ、実現の可能性を検討し、実現できなかったとしても他のアプローチを探って着地点を見つけていきたいと改めて感じました。
山田:私は今後も学生の想いを実現するためのサポートを行っていきます。「学勢調査」もそうですが、他の活動でも「学生たちの活動に教職員が協同して関与すること」を基本姿勢にミーティングで意見交換したり、学生の要望を叶えるために教職員に何ができるかを考えながら動いたりしています。そのような活動を継続しつつ、「学勢調査」という画期的な取組について学内でもっとアピールする機会を作っていきたいと思っています。
益学長:最近の流行りの言葉でいえば「エンゲージメント」ということになりますが、それぞれが「東工大をもっと良い大学にするんだ」という気持ちを持つことが大事です。私が学長になった時、学生たちに話した言葉に「Team 東工大」というものがあります。
伊藤:そのキーワードはよく耳にします。
益学長:嬉しいですね。学生も教職員も大学の一員なのだという気持ちになれば、より素晴らしい大学になると私は信じています。本学の「学勢調査」も学生や教職員が大学の目指す方向にエンゲージしている「Team 東工大」の活動の一つだと考えています。東工大はそんなに大きな大学ではありませんが、「科学技術で世の中を良くしよう」「自分の力で未知のものを開拓しよう」という志を持った人たちが集まっています。学生も、彼らを支える教職員も、そういう気概で大きな方向へ向かっています。大学は、高い志を持った学生たちがそれを実践していくための礎となるキャンパスライフを、全員が一体となってそれぞれの立場から支える場であり続けてほしいと願っています。

※写真撮影時のみマスクをはずしています。