64号 LEADER’S MESSAGE 特集【地域の中核となる大学】

地域の特色を再発見し 地域を変革する原動力となる

 

高知大学長         弘前大学長
櫻井 克年   福田 眞作

 

 

未来の日本を支える人材の育成と高い研究力が求められる国立大学。

今、社会は大きく変化しており、そのスピードは年々加速している。そのような中で社会を発展させていくにはイノベーションが必要とされている。特に地域を活性化し、新しい産業や文化を育むためには、国立大学の力が欠かせない。

今号のLeader’s Message では、行政や企業とともに大きなプロジェクトを進めている2つの大学のトップ、高知大学の櫻井克年学長と弘前大学の福田眞作学長に、国立大学が地域の課題を解決し、地域と共に発展していくためにはどうすればいいのか、その考え方や実際の取り組みなどについて幅広く語り合ってもらった。

大学と地域が効果的な協働をするために

福田:弘前大学と高知大学は同じ地方大学として、同じような悩みを抱えながら、地域の強みや特色をなんとか活かそうとしていますよね。お互いにいろいろと苦労もありましたね。

櫻井:高知大学も2004年に国立大学法人化しましたが、私は2008年から理事・副学長として改組を進める立場になり、新しい大学組織づくりを進めてきました。6年ごとの中期目標・計画では、地域の大学としてのあり方を考え直し、様々なことに取り組んできました。
今年度から第4期中期目標期間が始まり、「地域を支え、地域を変えることができる大学へ」を目標に据えました。地域の中で学びの場を提供するとともに、高い研究力によって地域と世界をつなぎ、地域と密着した全国トップのSuper Regional Universityを目指します。法人化後の18年間ずっと、高知大学は地域の大学として活動してきました。
しかし、当初は、地域の方の反応はあまり芳しくありませんでした。そこで、2013年から高知県内7カ所に設置されている産業振興推進地域本部に大学から4名の地域コーディネーターを配置する高知大学インサイド・コミュニティ・システム(KICS)を導入し、地域の人たちの声を現地で暮らしながら聞いてもらいました。これは文部科学省の地(知)の拠点整備事業(COC事業)に採択されて始めたものですが、この取り組みによって、それぞれの地域の声や困りごとが大学まで届くようになりました。

福田:弘前大学の場合は県内の市町村から連携推進員という形で職員を派遣して頂き、対話を重ねてきました。高知大学とは逆の発想ですね。それぞれの自治体と連携協定を結び、地域の課題に一緒に向き合っています。現在、連携協定を結んでいるのは16市町村です。青森県には40の市町村があるので、約半分の自治体と協定を結んだことになります。
この連携協定は、一緒に研究するテーマを決めて、大学と自治体がお金を出し合って研究を進め、成果につなげています。このような取り組みの中から、地域特産品の付加価値の証明や新商品が開発されるなど、それぞれの自治体との連携が少しずつ強化されています。最終的には県内すべての自治体と連携協定を結びたいと考えています。

地域の強みを活かし、共に課題に向き合うテーマ選定

櫻井:文部科学省の革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)に選出された弘前大学の『真の社会イノベーションを実現する革新的「健やか力」創造拠点』の取り組みを見ていると、地域と一体になってやっているのがわかりますし、地域の人も嬉しいですよね。COIのトップランナーはかなり綿密にプロジェクトを進めているなと感じました。

福田:COIなど、国のプロジェクトに応募するときは、大学や地域の強みをテーマに掲げてまとめるのが一般的だと思います。青森県にもエネルギーや食などの強みがあります。でも、今回のCOI は青森県の一番の弱みである「日本で一番平均寿命の短い県」であることを逆手にとってテーマにしたことが良かったと考えています。
青森県は昭和の時代からずっと、日本で一番平均寿命の短い県でした。この状況を何とかしたいという思いからプロジェクトが立ち上がりました。命と健康は人間にとっては一番大切なことです。短命県の返上を中心課題に据えたことで、たくさんの関係者を1つにまとめることができました。

櫻井:弘前大学のCOI は、人々を健康にすることで県全体がハッピーになろうという構想ですね。高知県は少子高齢化、人口流出、経済規模の縮小、中山間地域の暮らしの維持など、様々な課題を抱えていますが、同時に活用できるものもたくさんあります。高知県の利点をしっかりと活かそうという考えから始まったのが土佐フードビジネスクリエーター(FBC)人材創出事業です。
高知県は高度な栽培技術を培っており、施設園芸分野では栽培面積当たりの農業産出額は全国1位です。狭い土地で効率よく新鮮でおいしい農産物がつくられていますが、その多くがそのまま県外に出荷されていました。生鮮食品は人々の食生活を支える大切なものですが、さらに地域の食材の価値を高めるために、食という切り口で地域を良くしていく専門人材のフードクリエーターを育成する教育プログラムを立ち上げました。土佐FBCは2008年度からスタートし、2020年度までに588名が修了しました。修了生がたくさんの特産品を開発、発信するようになり、高知県の活力になっていると思います。現在は、さらに付加価値の高い商品の開発能力を目指して、企業において研究開発を担い、食品産業を成長に導く産業人材を育成するコースも開設しています。

福田:すばらしいですね。10年以上やり続けているからこそ、事業が広がっていますね。本学もまた、8年間の地道な活動の積み重ねがあったからこそ、COI事業という大きな事業の採択につながりました。
青森県民の短命を何とかしようと、現在COIの拠点長を務めている中路重之教授が中心となって2005年に岩木町(現在は弘前市と合併)と協力して始めた岩木健康増進プロジェクトが、COI事業の土台となっています。岩木町は当時、人口1万人程度の町で、毎年1000人ほどの健康な人に健診に参加して頂いています。当時は予算もなく、検査を担当する人も少なかったこともあり、600項目しかできませんでした。ただ、ここで8年間にわたって地道に活動をしていたからこそ、短命県返上のビジョンを具体的に示すことができ、COI事業に採択されたことで、大きな花を咲かせることができました。拠点長の実行力もさることながら、小さな町をフィールドに始めたのも良かったのかなと思います。
また、青森県民は頑固な一面もありますが、一度信頼関係ができると、とことん協力してくれる県民性があります。健康な人が17年間も続けて採血やいろいろな検査に協力し、様々な健康データを提供してくれる、このようなことは大都市では不可能なことであり、地方の小さな町だからこそ実現できたのだと思います。

〈弘前大学の取り組み〉

岩木健康増進プロジェクトによる大規模健診

弘前大学は、「岩木健康増進プロジェクト健診」で得られる超多項目ビッグデータを活用し、革新的な疾患予兆法・予防法の開発、社会実装に向け、産官学金民が強固に連携して、短命県返上、世界の健康づくりへの貢献を目指す。

オープンデータで仲間を増やし 事業規模を拡大

櫻井:弘前大学のCOI事業は企業の共同研究講座がたくさんつくられているのがすごいですよね。

福田:COI事業に採択されたことで国からの支援を頂き、検査項目数を3000 項目にまで増やすことができました。全ゲノム解析、腸内・口腔内細菌の分析、メタボローム解析など、費用のかかる検査もできるようになり、世界でも類を見ない健康ビッグデータを完成させることができました。ビッグデータが整備されたからこそ、研究開発を進めるために多くの企業研究員が大学に常駐する共同研究の体制を構築できたと思います。現在、企業との共同研究講座は16になり、新規の開設の話もいろいろと頂いております。
また、データの解析では10以上の大学と連携し、AIなどを活用できたのが大きかったです。ビッグデータ解析は本学だけではできません。京都大学、東京大学をはじめ、たくさんの専門家の方々が私たちのデータに関心を示し、協力して頂き、新しい発見にもつながりました。研究者は自分たちの研究データをあまり外に提供したがらないことが多いのですが、私たちの事業では、集積したデータをオープンにしたことで事業自体も大きく発展したと思います。このような斬新な取り組みを、他の大学に先んじて展開したこともあり、内閣府主催「第1回 日本オープンイノベーション大賞」の「内閣総理大臣賞」受賞につながりました。

櫻井:高知県は施設園芸農業をさらに発展させようと『“IoP(Internet of Plants)” が導く「Next次世代型施設園芸農業」への進化』という事業を進めています。この事業は内閣府の地方大学・地域産業創生交付金に採択されて進めているもので、高知県から高知大学に連携の話をいただき、県内の産学官が中心となり進めているプロジェクトになります。高知県と高知大学は2008年に高知県産業振興計画の策定が始まったときから協力してきました。この間、土佐FBC、KICSなどを通じて協力関係を深めてきたことが大きな形に結実したのです。
IoT(Internet of Things)はモノのインターネットといいますが、IoP は植物のインターネットです。施設園芸の生産現場で、天候などの環境情報、植物の生育情報、収穫時期、収穫量、農作業の情報など、植物の栽培などに関する情報をすべてデータ化し、栽培の高度化を目指しています。高知県は全国に先駆けて、オランダの最先端技術を取り入れた「次世代型施設園芸システム」を展開していますが、IoP事業では最新の機器、IoT・AI技術を導入した営農支援によりNext 次世代型」の施設園芸を実現させます。また本学には、空港近くに農林海洋科学部を有する物部キャンパスがあり、ここをIoPの主な研究拠点として、研究と人材育成を行っています。九州大学、東京農業大学、京都大学、農業・食品産業技術総合研究機構等の研究者にも参画してもらい、基礎研究から普及実装まで、様々な研究課題に一緒に取り組んでいます。
IoPクラウドに蓄積されたデータは、AI等を活用して栽培や生産管理の最適化、作物の出荷時期や出荷量の予測などの情報に変換し、県内の農家に導入する予定です。このような仕組みはこれまでなかったので、高知県の取り組みが最先端になるでしょう。大学でもこのデータを活用し、論文を発表しています。
ただし、データを取り扱うルールというか、有効にシステムを共有するにはどうすればいいか、現在も考えているところです。弘前大学のCOI事業では健康情報というセンシティブなものを扱っていますが、どのようにデータ共有をしているのですか。

福田:本学のCOI事業では、相手方の企業や人が信頼できるかどうかを見極めたうえで、共同研究契約を結んでいます。もちろん、データを使ってどういう研究をするのかはしっかりと確認しますし、データが勝手に使用されることがないよう、データ利用の際の規則に則ってデータを提供しています。また、毎年実施している健診に参加のうえ、手伝いをしていただくことをデータ提供の前提としています。

〈高知大学の取り組み〉

『“IoP(Internet of Plants)”が導く「Next 次世代型施設園芸農業」への進化』

IoP事業では、AI技術を活用した農業のDX “Society5.0農業” を目指している。ICT機器を活用し、作物の状態を現場でリアルタイムに確認して生育環境を最適に制御し、作物のSuper4定生産(定時・定量・定品質・定価格)を実現する。

大学が変わる、地域も変わる

櫻井:そのような仕組みづくりはとても参考になります。IoP事業は他県からも注目されていて、いくつかの県の職員がIoP共創センターと一緒に仕事をするようになりました。また、KICSをさらに強化・発展させるため、2018年に地域連携推進センターを次世代地域創造センターに改組しました。ここでは県内の市町村から派遣された職員を受け入れることで、派遣された職員と高知大学とのつながりを強化し、地域で何かをやろうとするときに大学に相談しやすくなるような仕組みをつくっています。結果として、地域社会の大学活用や大学との協働が活性化し、地域と大学はより身近になっています。
さらに、2015年に高知大学は地域協働学部を日本で初めて開設しました。この学部は学生の力を地域の再生と発展に活かすための教育研究の拠点とするためのものです。この学部をつくるときは「何をするところかよくわからない」と言われたものですが、学部をつくったのは地域の人たちに対して責任を持つためです。長い期間の取り組みになると途中で学生は卒業しますし、先生も定年や他大学へ転籍することがあります。しかし、学生や先生が代わろうと、学部として関わっているプロジェクトは最後まで一緒にやっていくのだということを示しています。大学の一番の主役は学生です。地域の中に若い学生が入って活動をすると地域が活気づきますし、地域の信頼も高まります。

福田:COI事業は学生にもいい影響を与えています。健診や研究には医学科の学生だけでなく、保健学科や農学生命科学部の学生も参加しており、教育効果もあります。また、この取り組みを通して、青森県と弘前大学の関係も変わってきたと思います。弘前大学は県庁所在地にないことから、昔は県庁と大学はある意味でライバル意識があるように感じていました。今はその意識が薄れてきており、県と大学が協力しないと青森県の未来はないとお互いが考えています。また、大学の研究者はあまり地域に出て行きませんでしたが、今は研究者が地域に出向いて、地域の人たちと熱心に対話を重ねています。今回のCOI事業に関してもそうですが、青森県全体で行政と大学が様々なテーマで協力するという雰囲気が醸成されていますので、とても良い方向に向かっていると感じています。

櫻井:最近は県が国からの予算を獲得しようとする場合に、大学の参画が求められるケースが増えています。県と大学が地域の課題に取り組むことで大きな事業がやりやすくなりますし、できることも広がります。行政と一緒に地域に役立つ仕事をすることで、住民の皆さんも喜んでくれます。そのようなことを1つ1つ積み重ねていくことで信頼関係が積み上がっていきます。地域を振興するために、急に新しいことを始めても絶対にうまくいきません。今までの活動を振り返り、大学が地道に取り組んできたことの中で、強みになるものを中心に据え、地域と一緒に5年後、10年後に達成したい地域像を描くことで、より説得力のある計画が立てられると思います。

福田:そうですね。本学のCOI事業はまさにその典型例ではないでしょうか。大学は地域の中心であるべきだとは思いますが、地域の様々な人たちと関わり、信頼関係を築くことはとても大切です。大学が変わらないと地域は変わりませんし、変わるきっかけをつくるのが大学の役割だと思います。


櫻井 克年 高知大学長

櫻井 克年(さくらい かつとし)
1957年大阪府生まれ。

1981年3月京都大学農学部卒業、1986年5月同大学大学院農学研究科博士後期課程研究指導認定退学。京都大学農学部助手、高知大学農学部助教授を経て、1997年4月より同大学農学部教授。2004年4月より同大学農学部副学部長。学長特別補佐、経営・管理推進本部長、副学長、理事を歴任し、2018年4月より現職。専門は熱帯土壌学。

福田 眞作(ふくだ しんさく)
1956 年秋田県生まれ。

1985年3月弘前大学大学院医学研究科修了。弘前市立病院嘱託医師、弘前市技術吏員、弘前大学医学部附属病院第一内科医員、同大学医学部助手、助教授、同大学大学院医学研究科准教授を経て、2007年8月より同大学院医学研究科教授。同医学部附属病院長、同学長特別補佐を歴任し、2020年4月より現職。専門は消化器内科学。

福田 眞作 弘前大学長

※写真撮影時のみマスクをはずしています。