64号 OPINION 特集【地域の中核となる大学】

「地域の大学」として親近感を育み、貢献を広げるには

 

東京都市大学 都市生活学部 准教授
坂倉 杏介

 

コロナ後の社会を見据えた動きが進む今、国立大学にはこれまで以上に大きな期待がかかっている。
知と人材の集積拠点として、国立大学は地域に何を提供できるのか?

お話をうかがったのは、地域におけるコミュニティづくりや新たな活動の創出に、大学人として関わり、今までにない手法を構築してきた坂倉杏介氏。

いきいきと幸せに生きるための、現代社会にふさわしい「人と人とのつながり」はどう生まれるのか、そこに大学が関わることで何が起こるのかを、独自の視野で語っていただいた。

計画や目的を持たない「場」が 新しいつながりと創造性を生む

現代社会は、既存の枠組みで解決できないさまざまな問題を抱えている。いわば社会全体がある種の機能不全に陥ってしまっている中、ある種のセーフティネットとして叫ばれているのが「人とのつながり」の重要性だ。災害など有事の場面はもちろんのこと、子育てや介護など日常の場面でも、人とのつながりは大きな助けになる。しかし、多くの人がそうと分かっていながら、つながりの「つくり方」が分からないでいるのも現実だ。

坂倉杏介氏が挑むのは、そうした新しい「つながり」づくりのための研究と実践。

今までにも、実践から知見を得る「アクション・リサーチ」の手法で成果を挙げてきた。今回、そんな実践の場のひとつである『おやまちリビングラボ』を訪ねてみた。そこにあったのは、歩行者天国の路上で大学生と小学生がけん玉に興じ、そのまわりで大人たちが立ち話をする風景。拠点である洋品店の2 階に上がってみると、和室に置かれた座卓を前に小学生が2人、黙々と宿題に取り組んでいる。普段接点のない人同士が交流し、子どもの居場所としても機能する場」。坂倉氏がこうしたあり方にたどり着くまでに、どのような経緯があったのだろうか。

「大学の卒業後は民間企業で文化事業などに関わっていたのですが、その中で生まれたのが、『新しい創造性はどうしたら生まれるのか?』という問題意識でした。パリのカフェやロンドンのコーヒーハウスのように、多様な人が集まり、その中から新しいものが生まれるような場所をつくるには何が必要なのか。そんなことを考えて大学院に戻ったのが20代の後半です」

大学院では建築や都市計画を学んだが、思い描いていたような「場」をつくるには、建築の意匠やプランではなく、もっと違うことが必要なのではないか。そう考えていたとき、授業を通じて京都のアーティスト集団『ダムタイプ』のメンバーである小山田徹氏と、氏が立ち上げた『ウィークエンド・カフェ』などの活動を知る。このときの「お店でもなく、仲間うちに閉じられてもいない場に多種多様な人が集まり、新しいものを生み出す場に、ものすごく憧れた」経験から取り組んだのが、墨田区京島の古い空き店舗に学生だけで2カ月間「住む」というプロジェクトだ。

「『場』をつくるといっても何の方法論もないので、いっそプログラムを設けず、ただ『住む』ことから始めたんです。場所は通りに面した元米店で、道行く人から見れば何の店かも分からない。そこに突然学生が住み始めたということで当然周囲には訝しがられます。しかし、そのことで対話が生まれ、「学生と住民」といった属性を問わない不思議な関係性ができていきました。『計画がない』ことで思いもよらぬことが起こり、この場がなければ生まれなかった出会いが生まれたのです」

似たようなことは、その後取り組んだ港区の事業、『芝の家』でも起こった。

「区の目的は『コミュニティをつくること』で、新しく人を呼ぶためにイベントを企画するなどさまざまな計画をするわけです。ですが、実際にやってみると、行政が主導して住民同士の関係性や活動を生み出していくのはとても難しいんですね。それよりは、すでにその場に来ている人がやりたいことをできる環境を目指したのです」

『芝の家』は今、高齢者から子どもまでさまざまな住民の居場所として地域に愛されているが、そんな今があるのもこうした手法の為せる業だ。重要なのは、目的や社会的な要請よりも「目の前にいる人の思い」。新しい動きはそこから生まれていくものだと坂倉氏は考えている。

「たとえば『まちづくりのため』という目的で集まると、まちづくりの役に立たない人は居心地が悪い。そうならないよう、私のプロジェクトでは、まず人が集まり、その人がやりたいことを始めるという『内発的な動機』を重視しています。エネルギーが内から湧く状態があると、そこに自然と人が集まり、必要なところで必要なことが起こる。その舞台が商店街であれば、結果として商店街が活性化したように見えますが、順序としては逆なんです」

商店街を人が交流する場に変える 『おやまちプロジェクト』

坂倉氏が現在取り組んでいる『おやまちプロジェクト』は、尾山台商店街で3代続いた洋品店を営む高野雄太氏の呼びかけに、東京都市大学が応える形で始まった。まさに大学と地域の連携事例である。

当時について、高野氏に振り返っていただいた。

「尾山台の町の魅力は商店街ですが、最近は個人商店が廃業してビルに建て代わり、その1階にチェーン店が入って、どんどん独自性が失われつつあります。このままでは商店街の魅力がなくなり、町自体の魅力もなくなってしまうと危機感を覚えました。何かやれることはないだろうか?と考えたとき、最初は自分の母校の大学に相談することも考えたのですが、そういえば商店街が東京都市大学生の通学路になっていることを思い出し、うちの町にも大学があるじゃないか!』と思い立って東京都市大学の地域連携センターに相談に行ったのです」

尾山台商店街では昔から、毎日16時~18時を歩行者天国としている。高野氏が幼い頃は、歩行者天国の路上で子どもたちが遊び、町の人が井戸端会議を繰り広げる光景があった。しかし近年は、子どもたちは道路で遊んではいけないと思っているし、結局は車がいないスペースを自転車が猛スピードで通り過ぎるだけ。本来は「パブリックライフの場であるべき」(高野氏)

路上が、非常にもったいない状態になっていたわけだ。

「町ゆく人が少しでも足を止めて、腰掛けたりおしゃべりしたりして過ごす場」を目指し、坂倉氏がまず行ったのは、「路上でゼミを行う」ことだった。

「尾山台商店街では毎年6月、各商店主が先生になって店先で講座を行う『まちゼミ』というイベントをやっていらっしゃいます。それなら自分たちもゼミができるんじゃないかと考え、まずは木曜日のゼミの時間帯に、路上に椅子を並べて授業をしてみました」

それが発展して、次は同じ場所に人工芝を敷いてテントを立ててみた。するとまず子どもたちが「何をやっているのかな?」と足を止め、その親が足を止め、学生とのおしゃべりが始まった。そうなると学生も楽しくなり、毎週水曜は路上で何かをやることに。あるときは習字、あるときは将棋……こうして学生と地域の人が交流する姿も、今や日常的な風景になっている。

「20年くらい前は、商店街の活性化といえばショッピングの楽しさをつくることでした。ですが、今商店街に求められているのは、ショッピング機能ではなく、ミーティングプレイスとしての機能です。住宅街では人に会えないけれど、商店街なら人に会えて、そこでいろんなつながりができたり、やりたいことが生まれる。それこそが重要なのです」

  尾山台商店街の歩行者天国に合わせ、路上でゼミを実施するのは主に水曜日。
メインとなるのは学部3・4年生で、大学院生がアドバイザー役を務めることも

大学が『ハブ』となってつながりを広げ 地域が次にやるべきことを示す

こうした活動に「大学が」関わることの意義を、坂倉氏はこう語る。

「私たち大学側から見れば、若い人が突然町中で何かを始めるとき、『◯◯研究室』と示しておくことで、『ああ都市大生が何かやっているんだな』と許してもらえるのは大きなメリットです。ありがたいことに、尾山台の住民の皆さんには、東京都市大学は(武蔵工業大学時代から)『うちの町の大学』という意識が強くあるんですね。大学の教職員の多くはそれを知らないのですが、もったいないですよね。教育フィールドとしてこんなに豊かなことはありません」

逆に大学だから貢献できることも数多くある。坂倉氏が活動の中で感じているのは、大学が介在することでつながれる範囲の広さだ。

「地域だけでコミュニティをつくろうとすると、似た立場や属性の人とはつながりやすいのですが、全く違う人とはなかなか出会えません。そこに大学が入ることで『ハブ』になれる。大学の中にいる教員を通じて、ちょっと違う領域の人や学生、その取り組みに共感できる全国の人ともつながれる。最新のテクノロジーも取り入れやすくなります」

そもそも、坂倉氏が大学で働こうと思ったことも「大学だからできることがある」からだ。

「いろんな人がつながれる場をつくり、そこから社会を変える、いわゆるソーシャル・イノベーションでインパクトを出したいなら、一番可能性があるのが大学。大学ならではの知見を地域に提供することもできるし、自分がハブになることで可能性も広がります。大学というと『分かっていない何かをつきつめる』場というイメージがありますが、『今ある課題に対して何ができるか、何が有効なのか、どうやったら広がっていくのか』を知ることのできる場でもあると私は思うのです」

「まちは個別性の権化」(坂倉氏)でもあり、理論化できない部分も多いとはいえ、『おやまちプロジェクト』を通じた具体的な成果も出てきている。その一つが、イベントに参加した1500 人を属性別にみた関係範囲の広がりだ。具体的には、発起人をAとし、Aからの関係の遠近を一次(Aの直接の知り合い)、二次(知り合いの知り合い)、三次(それより遠い関係)に分け、属性別の広がりを比べる。結果、商店街関係者は一次関係者が多くを占め、専門性の高い大学関係者や地域外の人は一次・二次のつながりで呼び込まれることが多いことがわかった(先程の「大学関係者のハブ機能」である)。重要なのは、地域の一般住民や子育て層で、この層は三次のつながりが大半であった。ホコ天などの偶然の出会いの場を設けることが、地域活動の発展のために有効だということが示された。

「一般のまちづくりイベントは、こうした広い範囲にはなかなか届いていないと思います。たとえば『商店街の未来を考えるイベント』として開催してしまえば、子連れで買い物にきたお母さんにとっては『自分たちのイベントではない』と素通りしてしまうのは容易に想像できます。商店街関係者だけが参加するイベントなら、広がりは直接の知り合いで終わってしまうのです」

より多様な人が集まる場とするためには、違った属性の人にとって「自分たちごとの場」である必要がある。そしてその場に多様な人が集まれば、普段は絶対に会わない人と隣り合わせになることもあり、そこで新しいつながりが生まれる。

「こうしたことは、サイエンスとまではいえないかもしれませんが、ある程度『なぜそうなるかが分かった』ということができ、地域の人が『思い当たる節』くらいにはなります。そこまでくれば地域にとっては、十分次の打ち手を考えられる手がかりになるのです」

「地域の課題を考える」研究から 「地域で課題を解決する」手法へ

『おやまちリビングラボ』は坂倉氏の研究室が中心になって運営されているが、「将来的には別の学部、別の先生とも一緒に活動したい」と坂倉氏は考えている。

「『地域と大学』という一対一の関係から、『問いを持ち寄れる場』『自然に出会いたい人と出会える場』にしたいのです。そもそも『ラボ』という名称も、今やっている活動を進める場というよりは、『まだできていないこと』『これから考えてみたいこと』を持ち込める場にしたいという思いからつけたものです」

坂倉氏自身、今までは研究者として都市の問題、地域の問題を考えるというスタンスに立っていたが、それも変わってきているという。

「今はむしろ、地域は課題解決の場だと捉えています。今社会には、個別分野の問題が個別分野だけで解決できない例がたくさんあります。小中学校の中だけで必要な教育ができるか?というとそうではないし、一つの病院の中で病気の治療や予防ができるか?というとそれも難しい。同じような問題はさまざまな企業や団体にも存在します。一方で、組織のメンバーが外に出て、組織内とは役割を変え、今まで一緒に活動しなかった人たちとともに何か始めることにより、解決方法が見つかるということも起こってきています。そうやって、さまざまな個別分野の問題を『寄ってたかってどうにかする』場が地域ともいえるのです」

地域はさまざまな人間の活動を含むから、さまざまな問題の解決策を見出し得る。従来の「アカデミアが地域に入っていく」という発想とは全く異なる、学問の新しい方法論だ。こう考えたとき、東京都市大学の立地が大きなアドバンテージになる、とも坂倉氏は考えている。

「『住宅地にある』という立地は、実際の暮らしのなかで、多様なステークホルダーとともに研究を進めやすい条件といえます。とても有利な状況にあることは意識していきたいですね」

地域の力を借りるうえで坂倉氏が重要と考えるのは、「組織同士の話にしないこと」だ。

「大学と町内会というような組織同士の関係で動くのは、決まったことを毎年やるのにはよいですが、臨機応変にやるにはやはり個人同士の関係で動くほうが、今までにはないさまざまなことに挑戦できます。大学関係者と地域住民が個人的に仲良くなって、『いつも学生がすみませんね』なんて言えるような間柄になれるのが理想ですね」

国立大学の既存の空気感とは違う 創発的でフラットな窓口づくりを

国立大学については、「基本的には地域の皆さんから『うちの県の大学だ』と認識されているはずであり、そうである以上多くの可能性がある。相談ごとを持ち込まれることも当然あるでしょうし、それを解決し得る能力もある。羨ましいくらいです」と坂倉氏。

一方で、組織が大きいことによる難しさも指摘する。

「組織のあり方次第でできることが違う、ということはよくあります。たとえば、町内会のような地縁組織は『毎年必要な行事を滞りなく遂行する』ための組織なので、コロナ禍で年中行事がストップすると、やることがなくなって完全に活動を停止してしまいます。反対に『おやまちプロジェクト』は、個人的で自由なネットワークなので、イレギュラーな事態に強い。コロナ禍においても、『リモートワークで家にいる人のためのお弁当が買える店マップ』を、1日2日のうちに完成させることができました。何が言いたいかというと、物事を実践するにあたっては、それくらい組織の『空気感』が大きく影響するということです」

国立大学も、よりフットワーク軽く地域に関わることを目指すのであれば、「『大学をきちんと運営する』のとは違う空気感を持つ場をつくってみては」と坂倉氏は提案する。

「大学も、町内会と同じヒエラルキー構造になっています。地域でイノベーションを起こしていくには、いろいろな人や資源が入ってきて自由な組み換えが起こせるフラットな場がほしいわけですが、せっかく産学連携センターが存在しても、大学の意思決定の仕組みに組み込まれているとなかなかそうならない。むしろ大学の外に出て、地域とのあいだの中間領域みたいな組織があるとよいのかもしれませんね」

小回りのききやすい規模の大学と比べると、国立大学の組織が硬質になりやすいのは事実。地域との接点となる部分だけでも、坂倉氏の言うような「あわいの場」を目指してみることで、国立大学と地域の新しい関係が生まれ得るのかもしれない。

坂倉 杏介(さかくら きょうすけ)
1972年生まれ。東京都世田谷区出身。

1996年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。1996年〜2001年凸版印刷株式会社。2003年9月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助手、専任講師、グローバルセキュリティ研究所特任講師を経て、2015年4月より東京都市大学都市生活学部准教授。コミュニティマネジメントラボ開設。2016年、慶應義塾大学大学院後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。