67号 LEADER’S MESSAGE 特集【大学と新しい学び】

幅広い学びによって 複雑な問題を解決する人材を育てる

現在、世界は大きな変革期を迎えていますが、国際情勢の不安定化、地球温暖化、エネルギー問題など、これまでの考え方では解決できない多くの問題、課題に直面しています。これらの問題を解決し、新しい時代を拓いていくためには、新しい学びや知識の体系が必要となります。

九州大学はこれまでの学問の枠にとらわれず、複数の専門分野を横断し、他者と協働して課題解決型の学びを実践する共創学部を2018 年に設置しました。共創学部での学びがこれからの社会にどのような効果をもたらすのでしょうか。

石橋達朗総長をはじめ、関係者に語って頂きました。
 
 

    九州大学総長                    
石橋 達朗  ×  共創学部

 

     黒木 惠介     陳愛理    石橋 達朗  鏑木 政彦  小池 由記
          共創学部3年生   地球社会統合科学府1年生   九州大学総長     共創学部長     共創学部4年生
                (2022年9月卒業)

建学の精神から発展してきた総合教育

― 共創学部はどのような経緯で開設されたのですか。
 
石橋総長:九州大学は1911年に創立し、初代総長を務めた山川健次郎先生が「修養が広くなければ完全な士と云ふ可からず」という言葉を残しています。これは深い専門性だけでなく、幅広い教養を身につけることの大切さを説いた言葉で、現在もこのコンセプトが生き続けています。
九州大学は2021年11月に指定国立大学法人の指定を受け、その構想を基に今後10年間の大学の方向性や方針を示した「Kyushu University VISION 2030(ビジョン2030)」を策定しました。その中で「新たな社会をデザインする力と課題を解決する力を有し、グローバルに活躍できる価値創造人材を育成する」ことを教育の方針として掲げています。未来の日本、ひいては世界において活躍するには、1つの専門を究めるだけではなく、専門を超えて新たな知見を得て、社会の様々な課題に向き合い、他者とともに理想とする社会をデザインし、新たな価値を創造する力が必要です。この理念を基に、本学は、個々の学生が学部を横断しながら独自の履修プログラムを構築できる「21世紀プログラム」を2001年に開始しました。また、2014年には、生涯にわたって自律的に学び続けることのできる力の涵養をコンセプトに、全学部の低年次学生が学ぶ「基幹教育」をスタートさせました。

鏑木:新学部設置に向けて本格的に始動したのは2014年くらいからです。九州大学には11の学部があり、それぞれの専門性を養成する学士課程教育が既に実施されていました。新学部では、それらの学士課程とは異なる21世紀プログラム型の幅広い学びや国際感覚などを身につけられる教育が検討され、リベラルアーツ、文理融合などの方法論が入る課題解決型教育の構想がだんだんと練られていったのです。

石橋総長:共創学部が実現できたのは九州の地の利があると思います。九州はアジアに開けた場所だったので昔から先進的な考えを持つ人が多かったのではないでしょうか。明治維新の中心人物は九州から出ていますし、日本の産業革命を支えたのは北九州でした。建学の精神も大切にしながら、幅広い教養を大切にしてきたことが共創学部に結実しています。


石橋 達朗 総長

文理を横断した複数のアプローチや 異分野協働で問題解決

― 共創学部という名前はとても珍しいのですが、どのように決定されたのですか。
 
鏑木:名称が共創学部に決定したのは2016年9月です。文理融合の課題解決型で、国際性も高いといった様々な要素をもつ学部であったため、どこに焦点を当てるのかによって異なる名称案が浮上していました。その中で、地球規模の課題に対して学問分野の枠を超えて世界の人々と「共に構想し」、「新たな知見を創造する」というコンセプトで「共創」が提案され、大学の承認を得ました。
共創学部では、1つの課題に対して複数の専門性からアプローチできる人材を育てます。個人として複数の分野からアプローチできるだけでなく、分野、専門、国境を越えて様々な人たちと協働できる人材の育成を目指します。共創にはそのような意味合いも込めています。
 
 
― このようにして新しい学部がつくられていったのですね。
今回は共創学部で学んだ学生さんにも来て頂きました。共創学部に入ろうと思った理由を教えてください。
 
:私は高校を卒業したら日本に留学したいと考えていました。その中で、文理融合というテーマに興味を持ちました。また、共創学部が留学生を積極的に受け入れ、英語での授業も提供していることも後押しとなり、受験しました。他の大学の試験にも受かったのですが、最終的には公開されていたシラバスを読み、ここの授業を受けたいと思い、共創学部で学ぶことを決めました。

小池:私は医療分野に興味を持っていましたが、医学部を受験するかどうか悩んでいました。当時は医学部に入ると自分の将来が医者に決まると思っていたからです。私は患者に限らずたくさんの人たちに医療知識を提供することで、より良い社会をつくっていく手助けもしたいと考えていたので、大学入学と同時に可能性を狭めたくありませんでした。いろいろと調べた結果、医学の分野に限らず、幅広い内容を学べる共創学部に行くことを決めました。

黒木:私はもともとまちづくりに関心があり、中学や高校のときに問題解決のプログラムも経験していました。その体験から、課題に対する視野は複数持つ必要があると思うようになりましたし、将来はたくさんの専門家をつなぎ、価値を生み出す仕事をしたいと考えています。共創学部は総合大学の中にある総合型のプログラムだからこそ行こうと思いました。

4年間を通して、 たくさんの視点や引き出しを身につける

― 共創学部で文理を横断したプログラムを提供するにあたり、意識していることはありますか。
 
鏑木:文理を問わず多様な学生を集めるためには、入試が重要な要素になるとの結論に至りました。共創学部は定員105名の学部ですが、総合型、学校推薦型、一般型、国際型の4種類の入試を行っています。一般選抜は文系、理系の受験者のいずれかが不利になることのないように配慮して小論文を含む受験科目を課し、文系、理系の受験者を同一の基準で選抜できる制度設計にしています。
さらに、初年次から2年次の最初の段階で、学生は文理を横断する7つの共通基礎科目を必修として学びます。また、様々な専門の教員が提供する多様な授業を選択して学びながら、課題解決のために使える視点や引き出しを増やしていき、チームで共通課題に取り組む「協働科目」で、他者と協働して課題解決に取り組む力を身につけていきます。学生は、3年かけて様々な学問やアプローチの手法を学びながら、自分の追求する課題を定め、その集大成として4年次の卒業研究に取り組むことになっています。
 
 
― 留学を必須にしているそうですが、狙いを教えてください。
 
鏑木:地球規模の課題解決のためには、国内だけでなく、世界の人々と協働する必要があります。そのための土台となる力を身につけてもらうために留学を必須にしています。留学の形態は、学生個々人の事情や関心を尊重し、学部内の基準を満たすことを条件に柔軟に対応しており、海外ボランティア活動なども認めています。ただし、語学留学は卒業要件を満たす留学としては認めていません。大切なことは、社会に出た後に、海外の人々と協働して課題解決に取り組むための土台となる経験をすることだと考えています。

石橋総長:我々が直面している課題は、グローバルです。日本だけで解決できることではありません。異なる文化の中で学び、活動する経験を積むことで、国際理解や知識の拡大を図り、コミュニケーション力と行動力の向上を図ってもらいたいと考えています。そのため、共創学部は徹底した英語学習も特徴的で、高い英語運用能力を身につけるほか、現代の課題を認識し、常に最新の情報をグローバルな視野で入手する姿勢を養います。また、学術英語の語彙や表現、自らの意見を述べる力など、外国語による合意形成プロセスも学びます。
今はコンピュータやインターネットが発達して、現地に行かなくても外国の人たちとコミュニケーションができるようになりました。しかし、インターネット経由でコミュニケーションするのと、現地に行って学ぶのとでは得られるものが違います。短期間でも、海外に行って活動することが大切です。必ず、自身の将来の糧になるものが得られます。
 
 
― 学生にとって、共創学部での学びはどのような体験だったのですか。
 
:共創学部にはいろいろな考えや視点を持った学生が集まっています。同じ課題について議論しても、人によって課題の捉え方がまったく違い、とてもおもしろかったです。1回の授業でいろいろなものの見方を知ることができたのが、私にとって大きな収穫でした。

小池:私の興味の中心には感染症や医療があります。いろいろな授業を受ける中で、感染症や医療について学びを深めるためのヒントをたくさん頂きました。それぞれのヒントは断片的なものですが、それらがつながることで自分の中で腑に落ちる瞬間があります。その瞬間がとても楽しかったです。ふだんの生活ではまったく別のものだと思っていたことが、共創学部の授業を通してつながる経験をたくさんしました。

黒木:文系、理系問わず、いろいろな授業を受けられる環境は、私にとってよかったです。数学や理系科目はもともと文系の勉強をしていた私にとって厳しいものでしたが、食らいついていきました。高校の頃は理系科目を敬遠していましたが、自分の興味のあるまちづくりについて考えるヒントがありました。また、理系分野で活躍している学生に会うこともできて、大いに刺激を受けました。


(左から)共創学部での学びについて語る
黒木さん、小池さん、陳さん


鏑木 政彦 共創学部長

自由だからこそ、自分の芯をしっかりと持つ 必要がある

― 幅広いことを学べるのが共創学部の大きな魅力ですが、共創学部で身につけられる専門性はあるのでしょうか。
 
鏑木:共創学部で身につけるのは、異なる学問の知見を集め、連携させて問題を解決する力です。課題の解決に用いるディシプリン(学問)は、個々人の課題や関心に合わせてメインとサブを選ぶように指導しています。共創学部には多様なコンテンツがありますが、入学してくる学生は、自分の芯になる問題意識がはっきりしていないと、何を学ぶか迷ってしまうこともあると思います。
そのため、私たちは初年次の学生に自分の問題意識をしっかりと持つように伝えています。共創学部では、学問分野の枠を超えた多様な学びが可能です。今までにない方法で様々な知を融合し、様々な問題を解決できる学生が育つよう努めています。

石橋総長:ビジョン2030は「総合知」を中心に据え、大学の目指す姿として「総合知で社会変革を牽引する大学」を掲げています。この「総合知」は共創学部の理念に通じるものがあり、共創学部をつくったからこそ、今後の10年間の方向性が決まったともいえます。本学は総合大学で唯一、人文社会科学系、自然科学系に加えてデザイン系の分野を有しています。他大学にはないこの特徴を活かし、それぞれの知を複合・融合する概念をつくり、社会変革に貢献していきます。
 
 
― 学生の皆さんは、入学前に抱いていたイメージと入学後の現実の間に違いはありましたか。
 
:共創学部に入学する学生は「人生の選択肢を絞るのがもったいない」という人が多いです。でも、そういう人でも最初から目的がはっきりしている人が多い印象がありました。やりたいことがはっきり決まっている人にとって、共創学部の学びはいろいろな分野に接することで自分の知識をより高めることができますが、はっきりした目的がないと、まとまりのない学習をするだけの場になりがちで、そこに苦労した人もいたと思います。それがイメージと違いました。

小池:共創学部を受験したとき、高校の進路指導の先生から「レールが用意されているわけではないから、覚悟して入れよ」と言われていたので、その辺は覚悟して入学しました。大学では自分が気になったことを質問すると、丁寧に答えてくれる先生がたくさんいました。学生と先生との距離が意外と近かったのが、予想とは違った点でした。

黒木:私は事前のイメージとの違いはあまり感じませんでした。いろいろな分野の授業を受けることで、それぞれの科目の知識がつながり、それぞれの知識を一段と深めることができたと思っていますし、私なりに文理横断の学びができたと感じています。
 
 
― 現在、大学で学ぶ学生や、将来大学に入ってくる若い人たちにメッセージをお願いします。
 
石橋総長:やはり自分の興味あるものを学ぶのが一番だと思います。自分のやりたいことが基本にあって、個人としても様々な分野に触れて総合知を身につけて欲しいです。今後も学生の多様な学びに必要な環境をしっかりと整備していきます。
これからの社会では、多様な分野にわたる専門性を持ったゼネラリストの存在が重要になってくるでしょう。たくさんの人たちが総合知を利用できるようになることで、様々な課題を解決してもらえればと思います。社会にしっかりと貢献できる学生をたくさん育てて、送り出していきたいと考えています。

石橋 達朗(いしばし たつろう)

1949年生まれ。長崎県出身。
1975年3月九州大学医学部卒業後、同大医学部眼科学教室入局。1977年4月九州大学大学院医学研究科(病理学教室)入学。1981年3月同大学院卒業後、4月九州大学医学部眼科助手。1984年1月南カリフォルニア大学ドヘニー眼研究所へ留学。帰国後、1986年2月九州大学医学部眼科講師着任。1995年4月同眼科助教授。2001年9月同大学大学院医学研究院眼科学分野教授。2013年4月同大学副学長兼任。2014年4月九州大学病院長兼任。2015年3月同大学大学院医学研究院眼科学分野教授退任。2018年4月同大学理事・副学長。2020年4月先端医療オープンイノベーションセンター長兼務。2020年10月より九州大学総長。