国立大学システムが描く2040イノベーティブ日本
将来像ワーキンググループ座長
梅原出
将来像ワーキンググループ副座長
仁科弘重
国立大学協会専務理事
林佳世子
少子化と人口減少が進む日本、混迷を深める国際社会、そして地球規模の環境問題。そのような状況にあって、わが国の「知の拠点」となる国立大学は将来に向けてどのような役割を果たすべきか。このほど本協会が公表した「わが国の将来を担う国立大学の新たな将来像」(以下「将来像」)は、国立大学法人化20年を機会に改めて国立大学の役割を問い直し、2040年を想定した「将来像」実現への決意を表明したものです。わが国の将来を担う国立大学の新たな将来像に関するワーキンググループ(以下「将来像WG」)の座長、副座長を務めた梅原出、仁科弘重両氏に、策定までの道のりと提言のポイントなどを、本協会の林佳世子専務理事がうかがいました。
多様性とグローバル化が進んだ2040年の日本社会を想定
林 「将来像」は、約1年3カ月の期間に17回もの会議を開いて策定されたと聞いています。具体的にはどのような議論からスタートしたのですか。
梅原 国立大学の将来を検討するには、わが国が2040年にどうなっているのか、あるいはどうあってほしいのかを委員が共有する必要があります。そこが議論のスタート点でした。
初めに合意されたのは、多様性の受容とグローバル化が、今より格段に進んだ社会になってほしいというものでした。そこから、その社会形成の担い手として、国立大学はどうあるべきかを議論していきました。
仁科 当時、この「将来像」の策定と並行して、中央教育審議会大学分科会でも「高等教育システムの再構築」をテーマとした審議が進められていました。本協会の永田恭介顧問が、大学分科会の会長を務めていましたので、途中からはそこでの審議内容もにらみ合わせて進めました。
中教審の答申(※1)にある「『知の総和』の向上」をこの提言にも取り入れたのは、そうした経緯によります。
梅原 「『知の総和』の向上」とは、国民全体の知識・能力レベルを高めるという概念です。
われわれは当初から独自に議論を重ねていましたが、これを受けて指針に準拠し、議論した内容を整理していったというのが全体的な策定作業の流れでした。
(※1)「 我が国の『知の総和』向上の未来像~高等教育システムの再構築~」中央教育審議会 令和7(2025)年2月

将来像ワーキンググループ座長 梅原出
博士号取得者数は現在の3倍に
数値目標に込められた思い
林 今回の提言では、数値目標が掲げられていることが注目されます。現在、年間約1万人の博士号取得者を2040年には3倍の3万人に、海外からの留学生の比率を7.9%から30%以上に、また37.4%の女子学生比率も50%に近づけるとしています。これらの数字には、どのような思いを込めたのですか。
仁科 国立大学には、わが国の発展を担う人材を育成する使命があります。そのために、大学の機能強化や研究力の向上は必須です。それらの数値目標は、そのことに関連するものです。ほかにもTOP10%補正論文数をシェア5%、順位5位以内に引き上げるという目標も掲げています。
梅原 博士号取得者数は、人口100万人当たりで日本は120人程度。対して上位のドイツと英国は300人強で米国も280人ほどです。日本と欧米との比較ではかなり差があります。今の3倍にすることで欧米並みになるという考えから出された数字です。
仁科 留学生比率と女子学生比率は、多様化とグローバル化の議論に基づいています。とくに地方大学は女子学生比率が低いので、社会人学生の受け入れなども併せ、大学進学率の拡大を図っていこうというものです。

将来像ワーキンググループ副座長 仁科弘重
「知の総和」の向上に貢献する新たな博士人材の育成を先導
林 今海外で仕事をしていると、博士号を持つ人が身近で働いていたりしますね。
梅原 そうですね。そんなふうに、学位を持つ人が活躍できる社会にしたいという思いがあります。
仁科 学術への貢献により与えられる博士号ばかりではなく、ある分野での専門的な高い能力をさまざまな分野に応用できる証明として、学位を評価してほしい。そういうふうに日本の社会の認識も変わっていかないと、大学が学位取得者を増やしても、社会への貢献にはなりませんから。
林 提言には「特定の専門分野を超えて社会の複雑な課題への解決策を提示できる者」にも「国際的な能力証明」として博士の学位を位置づけるともあります。これも、そうした思いの表れですね。
仁科 博士号を持つ人が研究者ばかりではなく、銀行員でも営業職、政治家にいてもいい。つまり、2年または3年博士課程で勉学と研究を行った経験がある人が増えることで、総和としてわが国の知がレベルアップするわけです。

国立大学協会専務理事 林佳世子
個々の大学では解決できない課題を「総体」として乗り越えていく
国立大学85校を総体ととらえた多様な課題解決のためのシステム
林 「将来像」のなかで重要なキーワードとして「国立大学システム」があります。これはどのような背景から生まれたものですか。
梅原 「国立大学システム」は2年ほど前に提出された概念ですが、漠然としたものでした。その中身を詰めて打ち出したいという話は、会議の当初からありました。
大学が直面している数々の課題は、大学が個々で解決するには無理があります。端的に言えば、全国の国立大学85校を総体ととらえ、課題解決を図っていこうというのが「国立大学システム」の考え方です。
仁科 私もそうでしたが、具体的にイメージできないという意見は多くの委員にもありました。それよりも、議論を進めるうちに出てきた「国立大学スピリット」のほうが理解しやすかったですね。
「 国立大学スピリット」は、国と国民、社会のためにある国立大学群に共通する、理念と使命を表したものです。それを基盤としてイメージすることで「国立大学システム」が像を結んだ感じです。多様な連携、協力関係を築きながら、課題解決を図っていくことが、国立大学総体としてのシステムに昇華していくというイメージでとらえています。
林 「国立大学システム」は、企業の本社と支社のようなピラミッド型の体制をつくるという話ではないですね。
梅原 ええ、違います。大学の機能強化の議論では、機能分化も取りざたされました。国際的な研究大学と地方の地域貢献型の大学を、はっきりと分けて考えようというものです。それもかなり議論したのですが、総体として課題解決に向かうほうが望ましいという結論になりました。
学生・教員の流動活性化も活発にする「国立大学システム」のねらい
林 国立大学間の連携というと、オンデマンド授業などを利用したカリキュラムの共通化、単位の互換制度や国内交換留学などが想像されるのですが、「国立大学システム」はそのようなものと理解していいのでしょうか。
仁科 それは一部で、すべてではありません。ほかにも連携・協働できる領域はいろいろと考えられます。
梅原 例えば、理系単科の大学が、外国語の先生を雇用するのは厳しいので、全体でそこを手当てするというのもあります。留学生を増やすのも1大学で3倍に増やせというのではなく、全体的な仕組みとして考えていくということです。
大学運営のDXでも、会計システムを共通化したほうが費用面の効果が期待できますし、将来像WGではいろいろな意見が出ました。
仁科 「国立大学システム」には、人材の流動を促進するというねらいもあります。
梅原 特定の大学に優秀な人材が集中すると、全国に優秀な人材が行きわたりませんから、大学間の人材流動を担保するシステムも必要になります。
仁科 単位互換制度が大学全体で運用されれば、学部生・大学院生が希望する大学で学び、研究する環境が整っていきますから、これも「知の総和の向上」につながると思います。
梅原 EUのエラスムス(※2)がひとつのモデルですね。国内のみならず、アジアに開かれたかたちで日本版エラスムスも可能になるかもしれません。
(※2)エラスムス計画:EU加盟国間の学生流動の促進と、大学間ネットワークの構築を主な目的とし、1987年に始まった共同教育プログラム。(The European Community Action Scheme for the Mobility of University Students : ERASMUS)
それぞれに事情の異なる地方大学
個性を活かして地域創生へ
林 過疎・高齢化に悩む地方では、国立大学も深刻な状況にあると思います。その維持・向上にはどのような方策が考えられていましたか。
仁科 こうすれば良くなるとは一概に言えない状況です。愛媛大学の例で言いますと、愛媛県に4年制大学は7校で、理系の学部があるのは、実質、愛媛大学だけです。したがって、愛媛大学には、実に多様な機能が求められます。対して広島県には4年制大学が20校あり、公立の大学は国立のほかに県立、市立もあるため、大学間で一種の機能分化があるように見えます。
このように、大学に求められるニーズもさまざまですから、文科省や自治体はもとより、関係省庁や地域企業などとも密に話し合い、大学間連携も活かしながら、その大学の個性を十二分に発揮できる方策を考えていくことが大切だと思います。
林 一方、地域医療や初等中等教育の教員養成に、地方大学の果たす役割が大きいのですが、その点はいかがですか。
仁科 それも非常に重要な課題です。大学病院においてはその機能を維持するだけではなく、研究環境の整備なども図っていかなければなりません。教員養成についても、教員の質の高度化に取り組んでいく必要があります。
法令改正や規制緩和なくして「将来像」の実現はありえない
林 この「将来像」の実現に向けて、どのようなことがポイントになるとお考えですか。
梅原 われわれは、2040年時点での国立大学のあるべき姿を、議論を尽くして描き出したと自負しています。しかし、その実現には乗り越えなければならない壁がいくつもあります。
例えば、大きな壁のひとつが「収容定員」です。博士号取得者数の増加について、提言では「学部定員の大学院への振替」を挙げていますが、現行の法制度上ではこれが簡単にできません。留学生の増員も同様に在籍管理規定があって、大学の一存で受け入れ人数を決められないのです。
ですから、今後の法制度の改正や規制緩和がどう動くか、どのような改正や緩和をわれわれが求めていくかが、大きなポイントのひとつになります。それがないと、実現がおぼつかない部分が提言には多々あるのです。
翻せば、現状で大学単体ではままならないことが多いからこそ、この提言を打ち出すことに価値があるのだと思います。
仁科 窮状にありながら、どの大学も「社会のために」と一生懸命に頑張って、自大学がやってきていることを発展させようと努めています。しかし、将来像WGの議論を通じて、現状のままの努力では足りないと知らされたように思います。
発展のための現状の取り組みや努力が、果たして国立大学の将来と照らして適切なのかを問い直す。それも学長、学部長ら組織の長だけではなく、すべての教職員がそれを意識して、そのあり方を考える土壌づくりが大切だと思います。
梅原 私は「将来像」の公表を受けて、執行部と各部局長宛に学長メッセージを出しました。これから国立大学はこうならなければならない、横浜国立大学はこういう大学でありたいという私の思いを綴ったものです。
仁科 私も出しました。本学の教職員の会合で話す機会もあるので、そこでもアピールして浸透に努めています。それが「将来像」の実現に向けたスタート点です。

鼎談が行われた横浜国立大学の記念碑の前で。ベトナムで作成された大理石製で、海を越えて横浜港へと運ばれ、2010年に設置された
世界に冠たる教育・研究機関に
それが「将来像」の目指すゴール
林 最後に国立大学に期待すること、そして次世代の国立大学へのメッセージをお願いします。
仁科 日本は今、危機的な状況にあると思います。国際競争力が低下し、イノベーションの分野でも立ち遅れが目立ちます。それと高度な専門性を持つ人材の育成も課題です。
そうしたなかで、大学はその両方に関われる存在です。研究、技術応用から社会実装へ。そして、そのための人材を育てるのがそもそもの役割です。その意味から、私は国立大学への期待というより、社会がもっと国立大学に目を向け、活用してくれることに期待します。
梅原 国立大学は、わが国の将来を担う大学であり続けなければなりません。世界に冠たる教育・研究機関となることが「将来像」のゴールであると思っています。
そのためには1大学に閉じず、大学間にとどまらず、さまざまなステークホルダーと連携していく必要があります。提言に掲げた「国立大学システム」を具体化する議論はこれからですが、持続可能でかつ発展性の高い仕組みづくりに期待します。一緒に取り組んでいきましょう。
梅原出(うめはらいずる)
1962年、大阪府生まれ。博士(工学)。1989年、富山大学大学院理学研究科修士課程修了。1992年、筑波大学大学院工学研究科博士課程修了。同年、横浜国立大学工学部教務職員。1994年、同大学工学部助手。2000年に助教授。2009年、同大学大学院工学研究院教授。2019年、同大学理事・副学長。2021年より現職。専門は固体物性物理学‐超伝導、磁性。
仁科弘重(にしなひろしげ)
1954年、東京都生まれ。農学博士。1980年、東京大学大学院農学系研究科農業工学専門課程修士課程修了。同年、同大学農学部助手。1986年、愛媛大学農学部助教授。1998年に教授。2011年、同大学農学部長。2012年、同大学植物工場研究センター長。2015年、同大学理事・副学長。2021年より現職。専門は農業環境工学、植物工場。
林佳世子(はやしかよこ)
1958年、山口県生まれ。1984年、お茶の水女子大学大学院人文科学研究科東洋史学専攻修士課程修了。1984~86年、イスタンブル大学(トルコ)留学。1988年、東京大学東洋文化研究所助手。1993年、東京外語大学外国語学部講師。助教授、教授、学長特別補佐、副学長、理事を歴任。2019年、同大学大学長。2025年に退任。専門は西アジア社会史、オスマン朝史。