2040年への教育再設計
中教審「知の総和」答申のめざすもの

中教審大学分科会前会長 
永田恭介

2025年2月、文部科学省の中央教育審議会は「我が国の『知の総和』向上の未来像~高等教育システムの再構築~」を答申した。2040年の社会を想定し、大学をはじめとする高等教育機関のあるべき姿と、それまでに解決すべき課題とその方策が述べられている。わが国の大学をどう変えていこうと中教審は考えたのか。同審議会の副会長、大学分科会長を務めた本協会の永田恭介顧問に、その要点をうかがった。

「グランドデザイン答申」に基づき課題解決の方策をより具体化

危機は今、我々の足下にある――答申の「はじめに」は、強い緊迫感をあらわにした書き出しで始まる。永田顧問は答申を何度も見直し「特に冒頭の段落は最後の最後まで推敲した」と言う。

「 わが国は、バブル崩壊後がとくに顕著ですが、科学技術も産業も海外に後れをとり、何かへこたれた感じがずっと続いています。この国を立ち直らせるにはどうするか、そのために大学をはじめとする高等教育機関はどうあるべきかが、中教審の議論の発端でした」

教育機関が直面する大きな問題のひとつが、少子化と人口減少社会の到来であるのは言うにおよばない。しかし、審議の軸は、この国を活気づける方策としての高等教育機関のあり方だ。「その危機的状況の認識と審議会の意図をストレートに表現したかった」とふり返る。

「今回の答申のもとになったのは、2018年にまとめた中教審答申『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン』です。このときは、課題と対処の方向性は示したものの、対処法までは打ち出しきれませんでした。今回は、そこを改めて議論し答申にまとめたかたちです」

いわゆる「グランドデザイン答申」の審議でも、大学分科会長を務めた永田顧問。その答申をより具体化したいという思いが強かった。

大学の「地力」を高めるには
問われる制度と意識の変革

2040年の日本社会は、高齢者人口が2度目のピークを迎える。その一方で、生産年齢人口は現在よりおよそ1000万人減少すると推計されている。

「どこでも人が不足する世の中になる。大学で言えば学生が減るだけではなく、学生を教える教員も足りなくなるわけです。そして、これからは人口減少に起因して、今からは想像もつかないさまざまな社会課題が続出するようにもなるでしょう」

では、そのような状況を打開する手立てが、答申ではどう打ち出されているのだろう。

「以前は、科学技術の発展が未来をつくる、という考えが根強くありました。大学の最も大きな役割は、学術・研究の拠点として科学技術の発展により社会に寄与することだ、と。けれども近年は中教審の議論でも、未来をつくるのは人であり、大学の役割は人づくりだという考え方に変わっています」

実はこの「未来をつくるのは人」という考え方が、答申のタイトルにある「『知の総和』向上」と深く関係する。「知の総和」とは、1人の能力に人の数をかけ合わせた概念。すなわち国民全体の総能力を指す。

「多岐にわたる課題が山積みの社会では、その解決に挑む知見、技能を備えた人ができるだけ多いことが望ましい。『「知の総和」向上』は、そのような人材の育成を、高等教育が目指すという意味を込めたものです」

そして、持続可能な社会の担い手や創り手となる多様な人材が活躍する、イノベーティブな社会の実現に、大学は貢献するものとしている。

 

避けられない大学の再編・統合
浮上する国立大学への期待

答申は「知の総和」向上を図る高等教育政策の目的として「質」「規模」「アクセス」を挙げ、政策の方向性と具体的な方策を展開している。

目的とする「質」とは「教育研究の質の向上」、「規模」とは「社会的に適切かつ必要な高等教育機会の量的な確保」、「アクセス」は「高等教育の機会均等の実現」である。

「教育の『質』の面では、国立と私立・公立では少し方向性が違ってくると思います。大学院生の数が私立・公立より圧倒的に多い国立大学は、学士課程だけではなく、大学院の課程までを含めた教育の層を厚くしていく方向。対して私立・公立は、学士課程の教育の質を高める方向になると考えています」

「規模」の適正化では、やはり気になるのが少子化だ。人口推計によれば、大学進学年齢にあたる18歳人口は、2040年には現在より約28万人減少するという。実際問題として近年、定員割れが続く私立大学も多く、募集停止や廃校に陥る大学も少なくない。

永田顧問は「当面は、やむを得ないところがある」としながら「私立・公立の大学の安定化は重要だ」と言う。

「 この先、大学の再編・統合、縮小、撤退は避けられないにしても、私立・公立大学の存続が危ぶまれれば、『アクセス』すなわち高等教育の機会均等という目的が果たせなくなりますからね」

一方で、私立・公立大学が厳しい状況にあるからこそ、国立大学にかかる期待が大きいとも言う。

「仮に地方国立大学がその地域から撤退するとしたらどうなのか。『それは困る』というのが委員の共通理解でした。調べてみると、地方の自治体には国立大学の卒業生がたくさん就職しています。その層の質が下がれば行政の質も下がるので、それは痛手だという見解も一致していました」

答申には、国公私立の別なく、大学間が緊密な連携をとって助け合うための仕組みづくりも盛り込まれている。そこでも国立大学への要望が出された。

「審議会委員の多くから寄せられたのは、その仕組みの運用においては『国立大学が仕組みの中核となってほしい』というものでした。国立大学は全国に配されていていますから、地域の中核として高等教育を牽引していく義務があり、それを自覚する必要があると思っています」

難題は学生数の確保
留学生増員に頼りすぎない工夫を

適正な「規模」の実現には当然、学生数の確保も重要になる。答申では、教育の場に多様性を求める観点から、外国人留学生や社会人などの積極的な受け入れを掲げている。

「とくに外国人留学生の受け入れについては、多くの大学がこれを将来像に挙げています。しかし、実はそう簡単なことではありません。今もそうですが、外国人留学生の受け入れにはかなりの費用と手間がかかりますから、留学生枠の増員はどの大学にもできることではないのです」

加えて、募集の問題がある。

「外国人留学生が今、在籍しているのは主に大学院です。けれども、学部に誘致しようとすれば、海外の高校生を対象として募集をかけることになります。海外からの大学選びでは、日本国内の大学の序列は意味がなく、大学そのものが吟味されます。研究成果や財務状況までを見ますからね。世界各国の高校に向けてどうアピールするのか、その費用をどうするのかが、かなり大きな課題になります」

さらに国立大学の場合、学修者数(定員)を国の規制により厳しく管理されてきた経緯がある。

「定員数を大学単独の意志では増やせないし、その枠内で留学生を増やすと国内生枠が狭くなる。また、全体の枠を増やせたとしても、入学年齢層の数が減れば、私立に行く者を国立が奪うようなかたちになりかねない。それも好ましくありません。何をもって適正な定員とするかは、留学生の増員とも併せ、これから議論していかなければなりません」

ただ「学生数の確保には多様性の拡大も重要だ」とも永田顧問は言う。例としては、国立の女子大学の取り組みを挙げた。

「お茶の水女子大学や奈良女子大学は、従来なかった工学部を新設しました。それは同校になかった才能を開拓する工夫ですし、新たな自校の価値を創出したとも言えます。この事例には、少子化対策にとどまらない社会的な価値があります。これを先例とすれば、方策はほかにも考えられるのではないでしょうか」

社会人を対象にした場合も、プログラムや履修形態などでさまざまな工夫がありそうだ。

 

答申と協会提言の差異は
盛り込まれた方策の具体性

中教審の審議が進むなか、国立大学協会では提言「国立大学の将来像(※)」を策定するワーキンググループ(以下、「将来像WG」)が立ち上げられ、令和7(2025)年3月に公表された。永田顧問は、将来像WGにオブザーバーとして参加し、中教審の審議の進捗や内容を伝えた。そのため、協会の提言には中教審の審議内容も反映されているのだが、両者には基本的にどのような違いがあるのだろうか。

「中教審の分科会が対象とする国公私立の大学は全国に800校余りあります。答申は国の教育政策に関わるもので、課題や解決の方向性は読み取れますが、委員・関係者のミニマムコンセンサスといった内容です。対して協会提言のほうは、全国85の国立大学が対象で、いわば身内で明日の国立大学をどうしたいかを話し合ったものですから、答申より踏み込んだ内容になっています」

例を挙げると、科学技術の発展に関する部分などに大きな差異が見られると言う。

「中教審の分科会で、その点はあまり話題になりませんでした。しかし、国立大学には科学技術発展の担い手としての役割がありますから、関連する記述が多くなっています」

博士号取得者数を3倍にする、海外留学生数を全学生の3割にするなど、具体的な目標値が示されているのも、その表れだ。ほかにも、将来像WGの議論を通じて意識の深まりも感じたと永田顧問は言う。

「それは、国立大学は国と国民のためにあるという委員の方々の自負です。経営には携わっているけれど、ビジネスとして大学を運営していると思ったことはないと、異口同音に言います。これはすべての国立大学に共通する価値観だと思います」

その価値観と国立大学総体としての気概は、提言中「国立大学スピリット」として表されている。

「良いことは一緒にやろう」が国立大学システムの考え方

協会提言には、注目すべき概念として「国立大学システム」が掲げられている。

「答申も大学間の連携を挙げ、その拠点をつくるとしていますが、国立大学システムはより踏み込んだ提言です。

しかし、全国立大学をひとまとめにして動かそうと意図したものではありません。『この指とまれ』式で、参加した大学にメリットがある連携をシステム化していき、さらにそれらが相互に結びついていくイメージです」

発想のもとには、国立大学病院などが主体となって発足し、後に制度化されたDMAT(災害派遣医療チーム)がある。

「東日本大震災でもそうでしたが、昨年1月1日の能登半島地震のときも、DMATは翌日の2日には被災地に入って医療活動を開始しました。国立大学の教育でも同じようなことができるはずです。例えば、先の留学生誘致の話。個々の大学ではとてもやりきれないけれど、ある国立大学がつくった世界のどこかの誘致拠点について、『一緒に使いませんか』と仲間を募り、協働で利用していくようなかたちです」

研究分野、学位取得などでも、この考え方を取り入れることができるだろう。

「例えば、日本の大学間でのデュアルディグリー(複数学位制度)は、あまり例を聞きませんが、国立大学間ならば可能だと思います。そういう連携による取り組みを総じて提示したのが『国立大学システム』です。要は、困りごとは皆で解決しよう、良いことは一緒にやろうという考え方です」

答申を読み解くポイントは
行政府が何をしようとしているか

さて、中教審答申に話を戻そう。今回の答申を読み解くポイントはどこにあるだろう。

「行政府が施策として何をやろうとしているか、というところを読み取ってほしいですね。例えば『地域研究教育連携推進機構(仮称)』の導入という施策が答申にあります。これは、地方の国公私立大学のための仕組みです。教育施策として国が何をやろうとしているのかが答申から読み取れると思います。大学の認証評価の仕組みを変えるという項もありますし、公財支援のあり方も述べられています。それをもとに大学として、あるいは大学教育の受益者として、今後どのような改革を求めるのかを考え、提案していくことが大切です」

もちろん、そこには国立大学協会が果たす役割もある。

「国立大学は、自ら制度を変えることができません。制度を変えられるのはあくまでも行政府。その仲立ちをするのが国立大学協会の立場です。協会提言も含め、国立大学単体では持っていけない提案や要望について、総体の代表として交渉するのがこれから大切な役割になります」

答申の末尾で、中教審は制度改革や財政支援について、今後10年程度のロードマップを含む政策パッケージを策定すると述べている。「地方大学の今後に関する審議はすでに始まっている」と永田顧問。また、答申にある地域構想推進プラットフォームについては、構築に向けた担当室(地域大学振興室)が文部科学省内に設けられた。答申ならびに協会提言を反映した制度改革への早期取り組みに期待したい。

  • 国立大学の将来像:提言の正式名称は「わが国の将来を担う国立大学の新たな将来像」

永田恭介(ながたきょうすけ)

1953年、愛知県生まれ。博士(薬学)。1981年、東京大学薬学系研究科博士課程修了。2013年より筑波大学長、2025年6月より国立大学協会顧問。中央教育審議会前会長、中央教育審議会前副会長、国立大学協会前会長。