66号 OPINION 特集【女性研究者の育成・活躍】

研究者は「偉大な一歩」を踏み出す人
誰もがその楽しみを味わえる

 

琉球大学工学部教授、H2L株式会社 代表取締役社長
玉城 絵美

 

最先端で活躍する女性研究者の仕事について聞くことで、多くの女性研究者と、研究者を志す女子学生へのエールとしたい―
そう考えて今回お話をうかがったのは、研究、教育、会社経営、と三足のわらじを履いて活躍する工学系女性研究者、玉城絵美氏。

ここに至るまでに積み重ねてきた経験を語っていただきつつ、女性研究者であることの楽しさ、苦労と喜び、嬉しかった協力や支援、これから女性の研究者がさらに活躍するために大学に期待することなどをさまざまな角度からお聞かせいただいた。

その場にいなくても体験ができるサービスを現実のものにしたい

インターネットを通じて遠方のものごとを見たり聞いたりする体験はもはや当たり前となった現代。そこからさらに進んで、遠隔地にいながら自分でモノを動かし、押したり引いたりする感覚まで伝達することで「能動的な体験」の共有を実現しようとするのが、玉城氏の研究対象であるBodySharing(ボディシェアリング)技術だ。

たとえば、すでに市販されている「UnlimitedHand(アンリミテッドハンド)」という製品を使うと、装着したユーザーが自分の手の動きをVR/AR空間に伝えてさまざまな操作ができるだけでなく、VR/AR空間で起こることがユーザーの手に感触としてフィードバックされる。この製品は、適切に電気刺激を与えることで、本人の意思によらず指を動かすことのできる装置「PossessedHand(ポゼストハンド)」を応用させたものである。最近では、BodySharing 技術は遠隔地でパドルを操ることで実際にカヌーを漕ぐ体験を味わえる装置などにも広がる。ロボット制御、ヒューマンコンピュータインタラクション、認知心理など、幅広い分野の知見が組み合わさった技術だ。

2012 年には、この技術を製品・サービスとして提供するために、H2L 株式会社を立ち上げた。自ら起業した理由について、玉城氏は次のように語る。

「目標はあくまで産業化、社会実装なので、そのためにどうするのが最もよいかと考えた結果です。5Gが実用化された今は、既存の企業ともさまざまな共同開発プロジェクトが進んでいますが、当初は私たちの思うスピード感での共同研究は期待できませんでした。そこで少しでも早く技術を普及させ、産業としての広がりを生むため、まずは自分たちで起業してデバイスを販売し、それを使って研究してもらう形で幅を広げようと考えたのです」

事業と研究を両立させるメリットは、ニーズに合わせて必要な研究にすぐに着手できること。通常であればユーザーのニーズが研究者に届くまでに年単位の時間がかかることもよくあるが、事業としてサービスを提供していれば、営業担当者を通じてすぐにユーザーの声を知ることができ、必要な研究をすぐに企画することができる。一方で、研究者として大学に籍を置いていれば、アカデミックな世界の最新情報を日常的に入手することができる。特に他分野との交流ができることは大きい。

「大学や研究機関は知識の集合体ですから、他分野交流という意味ではこうした組織に勝るところはありません。産業化は、一つの専門分野だけでは決してできないことなので、分野を超えた交流には大きな意義があるのです」

現在は母校でもある琉球大学の教授として、研究者、教育者、経営者の3役をこなす日々だが、得意のVR技術を駆使したリモート環境ですべてを滞りなくこなしている。たとえば取材場所となった東京のオフィスには玉城氏とスタッフ数名がいるだけだが、実はVR空間では、全国各地に点在する約20名の社員が働いていた。沖縄にいる学生とも、VR空間とオンライン会議システムを駆使してストレスのない教育環境を構築している。

「Zoomで話すにはアポイントが必要ですが、VR空間であればそのまま話しかけることもできます」

後継者を育てる教育の場は、玉城氏にとっては「楽しいことばかり」。事業を営みながら教育をすることで、現場の課題がすぐに学びになり、説得力のある教育ができるという利点もある。大学院生への教育は、「中途採用の社員を育てているような感覚」でもあるという。


「PossessedHand」の実験。手首にデバイスを装着して信号を入力することで、装着者本人の意思とは無関係に指が動く。こうした仕組みを安全に利用するためのルール作りにも取り組んでいる

病気と闘いつつ研究を志した自分を 大学がサポートしてくれた

現在の活動に至るまでには、玉城氏自身の子どもの頃からの経験と、機会を与えてくれた大学の力が大きく影響している。

「私は子どもの頃からあまり外に出たくないタイプで、漫画ばかり読んで親に心配をかけているような子だったので、もともと『外に出ずにいろんな体験ができるサービスがあればいいのに』とは思っていたんです。それが自分にとって深刻な問題に変わったのは、10代後半から20代にかけて長期入院を経験したときでした。
入院生活では、同室に30代、40代、80代と世代の違う女性がいたのですが、全員が能動的な体験をできないなかでは、すでに多くの体験をしている80代の人こそが、面白い話をいっぱい持っている『神様』なんです。
一方で30代、40代の人が長期入院をしていると、たとえばお子さんがいらっしゃっても入学式や運動会を見に行くこともできない。本来できたはずの体験をスキップすることになってしまっていて、それはとても悲しいことだと思いました。それまでは『家を出ずに観光ができたらいいな』というようなことを考えていたのが、本来できるべき経験ができない、『機会損失』の解消まで考えることになったのは、やはり入院がきっかけだったと思います」

入退院を繰り返す合間に、「外に出ずに能動的な体験ができるサービス」がないかと本格的に調べてみたが、そういったサービスは世の中になかった。それならどこかの企業に入って自らサービスを企画しよう、そのためには大学でそういった研究をしようと考え、研究のできる大学を探してみたが、それもなかった。そんなわけで、「これは自分が始めるしかない」と思うに至ったのが2002年、ちょうど大学受験を迎える頃のことだった。

「とはいえ当時は本当に病状が深刻で、まともに大学受験などできる状況ではなかったんです。琉球大学の工学部を受験したのも自分にとっては記念受験のようなもので、受験当日、気分が悪くて寝ているしかなかった科目もありました。それでも大学は、しっかり解答できた科目の結果を見て入学を許可してくれた。そのことには本当に感謝しています。
入学後もしばらくは断続的に入院を繰り返す生活でしたが、先生がお忙しいなかでPCのセットアップをしてくださったり、出席できなかった授業ではあとで課題に取り組めるように情報をまとめてくださったり、大学から受けたサポートは素晴らしいものだったと思います」

研究とその社会実装に向けた活動に加え、教育の現場にも立つのには、サポートしてくれた琉球大学に恩を返したいという思いあってのことでもある。

女性研究者への偏見はまだ残るが 工学人材不足の今は変革のチャンス

自らも女性の研究者として、女性研究者をめぐる周囲の意識については、この10年ほどで変化が出てきたと感じている。

「以前は、私が作ったプログラムについて展示会や学会で発表しても、セカンドオーサー、サードオーサーに男性が名前を連ねていると、『開発したのはこの方ですよね? その方と直接話をしたいのですが』などと言われたものでした。それが変わっていったのが2010年頃から。世の中的にも、専業主婦より仕事を持つ女性が多くなるなど変化していくなかで、研究者の間でも意識が変わっていったように思います」

とはいえ、小学生から高校生までの女の子たちとディスカッションすると、未だに偏見が残っているのも感じるという。典型的なのは「工学系女子はモテないのでは?」というイメージだ。

「工学部を出ると必ず何かの仕事をする=専業主婦にならない=モテないというロジックは根強く残っているようなんですね。実際どうなのかは何ともいえませんが、もはや専業主婦でも働いていてもどちらでもいいという世の中になっているので、個人的には関係ないと思います。そもそも『絶対に専業主婦になってほしい』という男性にモテてもしょうがないかな? と」

学部レベルでは女子比率も少し上がってきているが、問題は修士課程、博士課程に進む女子の少なさだ。

「私自身も親御さんから『うちの子は女の子なのだが、修士まで進ませた方がよいのか』といったご相談をよく受けます。確かに、仮に博士課程まで進んだとすると、大学を出る頃には30歳前になっているわけで、ライフイベントとして結婚や出産を考えるタイミングになってくるのを気にされるんですね」

しかし、そのタイミングで生活の基盤ができていないことが心配なのは男性も同じことであり、変わるべきは大学や社会の方。実際今は、困窮している学生に向けた救済措置もさまざまに用意されている。

「大学院生に国から給料を支払ったり、優秀な学生さんには企業や財団からの支援もあるなど、昔よりはかなり改善されているので、学生さんや親御さんにはそうした情報をぜひ知っていただきたいですね。もっと言うと、工学系で修士、博士を出た学生さんは一般に就職するよりお給料も多くもらっていると思うので、『博士に行くと食えない』というイメージもちょっと違うかなと思います。とにかく今、工学系の人材は何万人単位で足りていません。大学はもちろん、企業もライフイベントを意識したサポートを充実させないことには人材が確保できない状況なので、これを機会によい環境が整備されていくことに期待しています」

玉城氏の現在の研究チームについていえば、代表が女性であることも影響してか女性研究者が多く集まっている。なかには、「学生時代、本当は工学がやりたかったが他の分野に進んだ」という女性が異業種から参入し、新たにプログラミングの技術などを身につけて活躍している例もある。そうした人が持ち込む他分野の知見も、玉城氏の研究にとって大きな財産だ。

「女性研究者は、今のところ数が少ないこともあって連帯感が強いんですよね。女性研究者からの紹介で知り合うことも多く、お互いに助け合っています。研究データのフォーマットを融通し合ったり、私自身、自分が作ったプログラムを提供して使ってもらったこともあります」

普段はメールやSNSで交流しているという女性研究者の世界。本音でコミュニケーションし合う様子を聞いていると、楽しいことも多そうだ。


インタビュー中、VR 空間の学生に対し「○○さん、今ちょっといいかな?」と話しかける玉城氏。
オンライン会議システムと異なり、対面と同じ感覚で気軽に語りかけることができ、遠隔でも違和感なくコミュニケーションができているという

まず女性教員を増やすことが 女子の挑戦の背中を押す

「そもそも研究者のポストが少ないということもあるが、現状では、その少ない枠に女性研究者が応募してきてもなかなか採用されないということはまだある」というのが玉城氏の印象。

では、今後、玉城氏のような女性研究者をさらに増やしていくには、どんなあり方が考えられるのだろうか。 第一に増やすべきは女子学生か、女性教員なのか。これについて玉城氏は、「鶏か卵かという話だが、やはりまず女性の教員を増やすべき」と考えている。

「女子学生が修士に進学するかどうかを考えるとき、女性教員がいるとやはり進学しやすいんですね。逆のケースを考えてみると、たとえば看護学科は女性が多いですが、そのせいで男子学生が入っていきにくい、ということは起こっていると思います。あまりにも男女比に偏りがある状態には、配慮していく必要があるのではないでしょうか」

学部レベルでも、女性教員のいる学部に女子学生が応募しやすくなるとすれば、学部全体の応募も自然と増え、入学時の倍率も上がることになる。実際、一般に工学部の倍率は、多くても2、3倍というところだが、奈良女子大学に新設された工学部では、前期で約6倍となる応募があった。

「女子大の工学部」なら、ふだん表に出てこない「隠れ工学女子」がこれほど集まるということでもあり、「『女性が入っていきやすい』ことがいかに大切かが分かる例」と玉城氏は指摘する。

倍率が上がるということは優秀な人材が集まるということであり、そこから競争状態が生まれる。切磋琢磨する相手が多ければ、当然ながら科学は発展する。女性の参入によりそうした状態を作るためにも、まずは意図的に「女性教員がある程度いる状態」を作ることに意義があるというのだ。

「研究者のポストであっても、現状、普通の募集では『どうせ裏では女性は避けられるのでは』と考えた女性が応募を控えてしまう、といったことは起こっています。そんななかですでに女性教員がいる組織を見つけると、『ここではそういうことがない』という印象になるんですね。『そうはいっても登用できる女性人材がいない』と思われるかもしれませんが、幅広い年代でまずは採用してみていただきたい。現在表に出てきていない『隠れ女性教員』は、必ずいると思うんです」

大学内で閉じず、外部の力も借りて 多様性を受け入れる体制づくりを

さまざまな課題はあるものの、「それでも研究者であることは楽しい」と玉城氏は言う。その楽しさとは何なのかを改めて聞いてみた。

「研究者というのは、世界中の誰も、場合によっては人類が一度も見たことのないものを、一番に見ることができるんですよね。今まで誰も考えつかなかった考え方や手法、特に工学の場合は、新しい装置を最初に、しかも自分好みにカスタマイズして使うこともできます。そういう意味で研究者は、誰でも『最初の一歩の人』になれる、とても魅力的な仕事だと思います。『人類にとって偉大な一歩』とは宇宙飛行士のニール・アームストロングが言った言葉ですが、工学系の研究者なら誰でもその偉大な一歩になれますからね。私も毎日『これが偉大な一歩だ』と思いながら仕事をしています。毎日ですよ!」

その「偉大な一歩」を踏み出すために、大学にできることは何かといえば、「まずは男性、女性、障がい者等を問わず、受け入れ体制をつくっていただくこと」と玉城氏。とはいえ予算や設備の問題でかなわない場合があることを踏まえ、こうも提案する。

「たとえば女性活躍を推進したいけれど予算的に厳しい、というときには、企業で活躍している人を呼んで話をしてもらうといったことも一つの方法だと思います。私自身も女子学生を育てるにあたり、自分一人の専門分野で対応しきれないというときには、自分とは少し違う分野で、企業で活躍されている女性をマッチングし、学生とディスカッションしてもらったりしています。
設備については、たとえば海外では、学内に車いす用のスロープを作るために民間から寄付を募り、寄付してくれた企業等の名前をつけて『○○スロープ』と呼ぶといった、いわゆるネーミングライツを設定する手法もごく一般的にとられています。これは企業にとっても節税になる、よい制度だと思います。日本の大学も、ぜひ大学の中に閉じずに、企業や各種団体と連携していただきたい。そうした形でいろんなダイバーシティのある学生さんや教員を受け入れていく体制があるとよいなと思います」

女性研究者の卵である女子小中学生については「歳の離れた教授よりも、より歳の近い、『お姉さん』ぐらいの年齢の大学院生と触れ合う機会があるとよいのでは」と考えている。

「男性の場合、OB訪問を機に『○○君のことをよろしく頼む』と一声かけるような、いわゆるメンター・メンティの関係が自然にできています。これはおそらくは、長く続いた男性社会のなかで自然に生まれた関係で、女性の間には基本的にないものだと感じます。男性の間で美しく受け継がれてきたこうした形が、女性にもあったほうがよいのですが、『女性の社会』の構造が未熟な今の段階では、ある程度人工的に取り入れていく必要があるとも思います。そのためにも、やはり大学や自治体、企業の支援が必要なのではないでしょうか」

玉城 絵美(たまき えみ)
1984 年生まれ。沖縄県出身。

2006 年琉球大学工学部情報工学科卒。筑波大学大学院システム情報工学研究科を経て、東京大学大学院博士課程(学際情報学)を修了。専門はHCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)。2011 年、コンピュータから人の手に動作を伝達する装置「PossessedHand(ポゼストハンド)」を発表し、米『TIME』誌の「The50 Best Inventions」に選出され、東京大学総長賞を受賞する。2012年、H2L 株式会社を起業。2020 年国際会議Augmented Human にて、近年で最も推奨される研究論文として表彰。内閣府や経済産業省のイノベーション関連会議委員なども務める。早稲田大学准教授を経て2021年4月より琉球大学工学部教授(同学部初の女性教授)。

文中のBodySharing、UnlimitedHand、及びPossessedHand は、H2L 株式会社の登録商標です。
文中のZoom は、Zoom Video Communication, Inc. の登録商標です。