68号 Challenge!国立大学 特集【医学・生命科学系の先端研究】

旭川医科大学 東北大学 電気通信大学 信州大学 金沢大学 大阪大学

旭川医科大学

肝再生におけるがん蛋白質 Myc の役割
―肝細胞増殖の謎の一端が明らかに―

肝臓は再生能力の高い臓器として知られており、部分肝切除やその他の急性傷害などで肝細胞が脱落すると、残った肝細胞が急激に増殖し、再生が完了する。一方、繰り返し傷害が加わる慢性肝疾患では、肝細胞の弱い増殖が長期間持続する。これまで多くの研究者が肝再生について研究してきたが、これらの異なった肝細胞増殖がどのようなメカニズムに基づくものかはよくわかっていなかった。本学医学部病理学講座(腫瘍病理分野)の後藤助教らはがん蛋白質Mycに注目し、マウスモデルを用いて肝再生とMycの関連を調べた。

初めに、Mycを阻害する人工キメラ蛋白質MadMycをアデノ随伴ウイルスベクターでマウスの肝細胞に発現させた。その後、2/3部分肝切除を行い、再生への影響を調べた。その結果、肝切除後2日後に起こる急激な肝細胞増殖がMycの阻害により完全に抑制されることが明らかになった。しかし、Mycを阻害しても肝細胞の弱い増殖がやや遅れて持続的に起こり、最終的には肝重量が回復することもわかった。また、持続的な肝細胞増殖には、細胞増殖に重要とされるアミノ酸のプロリンを分解する酵素の発現低下が関連していた。以上の結果は、肝再生にはMyc依存性の一過性で急激な増殖と Myc非依存性の持続的で弱い増殖があることを示している。

Myc阻害は肝がん治療に有効であると思われるが、肝がんの患者の多くは慢性肝疾患を合併している。私たちの研究からは肝細胞の持続的で緩やかな再生にMyc阻害は強い影響を与えないことが予想され、今後の肝がんの治療に大きな示唆を与えるものと考えられる。

この研究成果は令和5年3月に学術雑誌“Biochimicaet Biophysica Acta(BBA)-Molecular Basis ofDisease”に掲載された。

 

旭川医科大学 研究実績・成果一覧
https://www.asahikawa-med.ac.jp/research_achievement/single/post_4.html


東北大学

“世界初”環境DNAビッグデータが
生物多様性を見える化! 「ANEMONE DB」の運用開始

東北大学大学院生命科学研究科の近藤倫生教授が主催する、環境DNAを利用した生物多様性観測ネットワーク「ANEMONE(アネモネ:All Nippon eDNAMonitoring Network )」は、2022年6月2日に、専用のオープンデータのデータベース「 ANEMONE DB 」の一般公開を行った。環境DNA調査に関するビッグデータの構築、及びオープンデータとしての一般公開は世界初となる。

環境DNAは「バケツ一杯の水」のみから生物の種類や分布を知る生物調査手法であり、生物多様性ビッグデータ獲得の革新的手法として期待されている。

これまでの調査では、海や川の生態系を対象に、研究者だけでなく市民ボランティアや民間企業によって調査され、調査地点は延べ1,000地点以上、調査回数は5,000回を超えた。生物多様性やネイチャーポジティブへの社会的要請が高まる中、「ANEMONE DB」は生物多様性を「見える化」する技術として幅広い業界での利活用が期待されている。また、2023年5月から6月には山岳愛好家の協力により全国の山岳地域での環境DNA調査を実施している。

本学において、今後も一次産業の中心である東北に生物多様性情報を集積し、誰もが利用できるように公開し、この貴重なデータの産官学民の連携の下での利活用を推進していく。

ANEMONE:https://anemone.bio/
ANEMONE DB:https://db.anemone.bio/

渓流での環境 DNA 調査の様子

 

「ANEMONE DB」の閲覧画面。DNAが検出された魚種(学名)を表示。
検出量に応じた大きさで表示される仕様

 


電気通信大学

脳神経科学からロボット工学まで、
幅広い研究スペクトルで医工学分野の世界拠点形成へ

電気通信大学にはロボットや人工知能など、工学技術に強い研究者が多く在籍している。こうした技術力の高さを生かし、脳・医工学研究センターでは、人間や生物機能の理解を基礎科学的視点から進め、またそうした機能が失われたときにそれを補う方法を医用工学・福祉工学的視点から研究している。さらに発展して、個人そして社会の機能を拡張し、高めるシステムを、地域社会との連携によって開発しつつ、世界へと拡げる取り組みを行っている。

研究チームは、神経生物学、脳計測科学、理論神経科学、身体運動科学などの基礎科学グループ、医工学領域で用いられる基盤技術を創り出す技術開発グループ、得られた成果を社会実装し、その有用性を検証する社会連携実装グループからなる。工学系研究者が幅広い切り口で脳・医工学の問題に取り組んでいる、ユニークで特色ある研究チームだ。

日本は超高齢化社会である。豊かな生活を幸せに送るためには、認知を司る脳の健康と、運動を司る身体の健康がなにより大切である。こうした問題意識に基づき、私たちは脳機能と身体機能の解明と、疾患からの機能回復や疾患そのものの予防に寄与する技術開発に特に力を入れている。また地域と連携して得られた成果を積極的に社会に還元することで、未病を防ぐことにつながると期待される。こうした独創的な試みは、国内外を問わず高く評価されており、大きな注目を集めている。

電気通信大学脳・医工学研究センター HP:http://blsc.xsrv.jp/

特色ある研究活動の例

専門性の高いグループ間連携


信州大学

信大発がんの次世代治療
「非ウイルス遺伝子改変 CAR‐T 細胞療法」の実装に向けて

ウイルスベクターの代わりに酵素を使う世界初のCAR-T細胞

手術・抗がん剤・放射線といったこれまでのがん治療とは異なり、がん患者の免疫細胞を使いその機能を人工的に高め、がんへの攻撃力を強化した新しいがん治療「CAR-T細胞療法」。その中でも、信州大学は独自に開発した「非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞療法」の社会実装を目指して取り組んでいる。従来の遺伝子操作を施したウイルスベクター(遺伝子の運び屋)を使わず、アオムシ由来の「酵素」を使用する。「酵素」を用いる利点は、従来のCAR-T細胞に比べて、より簡単・安価・安全に作れ、さらにCAR-T細胞が高機能になることである。

既に臨床試験が開始されており、小児がん、希少がん、難治性がんに対する次世代の治療法として、国内外から期待が寄せられている。

開発から治験まで、オールインワン型の取り組みで社会実装を目指す

医学部附属病院が細胞調製施設を持つため、大学で開発、病院で製造した薬を病院の患者に投与し、臨床試験ができるという、創薬分野ではきわめて珍しいオールインワン型の取り組みが本学の強みである。2020年には信州大学発バイオベンチャーとなる企業、株式会社A-SEEDSを設立。同社が臨床実装に向けた資金調達なども担っており、事業化に向けた取り組みを加速する体制を整えている。そのほか企業とも共同研究を進めており、産学連携共同研究を通じて、国産CAR-T細胞の実用化に全力を尽くしている。

 

 

信州大学医学部小児医学教室
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/chair/i-shoni/car-t/


金沢大学

考古学と現代医学の融合
人類の進化と疾患の起源の謎を解き、新たな治療法の開発へ

金沢大学は、革新的な医療の実現に向け、古代人ゲノム研究、データサイエンス、医学生命科学研究を統合し、人類進化プロセスや疾患病態の解明を目指す「サピエンス進化医学研究センター」を設置した。

金沢大学では、世界各地の遺跡から得られる人骨試料ライブラリーとそれを活用した遺伝子解析などの考古学研究を進めている。また、人類に至る進化の歴史の中で著しく発達してきた脳神経系の進化を引き起こしてきた遺伝子や仕組みを明らかにする医学研究を行ってきた。

本センターでは、これらの考古学及び医学に関する金沢大学の強みを生かし、これらを融合させることで、古代人から現代人に至る進化の仕組みを解明する。現代人に至る進化が現代病の出現につながった可能性があり、進化という視点から疾患の新たな理解と治療法の開発を目指す。

今後、海外研究拠点と連携した海外遺跡での調査等に加え、古代人ゲノム解析の精度向上、マルチオミックス解析(※ 1)、機能的に重要な遺伝子の推定を実現するバイオインフォマティクス(※ 2)、古代人から現代人に至る遺伝子変化と疾患病態との関連解析など、考古学と現代医学の融合研究に取り組む。これにより、古代人から現代人に至る進化の仕組み、疾患病態の解明や新規治療法の開発につながる新たな発見が期待される。

 

※1 遺伝子や蛋白質など生体を構成する様々な物質を網羅的に分析する方法
※2 ゲノムなどの生体の様々な情報をコンピュータにより解析・分析し、その生命現象を解き明かしていく方法

サピエンス進化医学研究センター
河﨑洋志センター長


大阪大学

世界初、バイオデジタルツインを用いた
ヒューマン・メタバース疾患学を創成

健康な人や、病気の人のオルガノイドと呼ばれるミニチュア臓器を活用し、そこにゲノム編集などを行うことで、現実よりもはるかに速く、病気の発症を再現することが可能になる。

オルガノイドに生じた変化を、千分の一秒から数ヶ月にわたる広い時間軸で記録する。

この情報を従来の人体のデータと合わせて、サイバー空間へ送り、得られたデータ間の関係を、構造化・モデル化することで情報の変換や補完、推論を可能にし、データ間の関係性が表現されたバイオデジタルツインを構築する。

バイオデジタルツインは、一人一人のからだ全体から、臓器、細胞、分子まで、様々なレベルの情報を総合的にモデル化しているため、ネットワークを辿ることで、生体の異常の原因を細胞・分子レベルで特定できるようになる。

また、臓器の機能障害や個々の薬物反応などの予測、さらに、新薬の開発への応用も可能となる。

研究者や医療関係者は、ヒューマン・メタバースの中で病気のメカニズムを解明し、臨床試験や創薬、あるいは個別診断・治療に取り組むこととなる。近い将来、私たちはバイオデジタルツインを日常生活の中に取り入れて、健やかな暮らしに役立てることを目指す。

 

大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe):http://prime.osaka-u.ac.jp